(いい子のあくび)
職場の上司に猫かぶりの態度をとったり、浮気をしている彼氏に気付いていない風を装い良い子を演じることは、余計なところに神経を遣うため割に合わないと感じるが、自分へのメリットも少しはあるだろう。
しかし、歩きスマホの人を避けることはどうだろうか。はなっから悪いのはスマホに夢中になり前
...続きを読むを見ないで突き進んでくる側だろう。こちらはちゃんと前を見ているのに。更にはそんな人をこちらが避けて「あげる」のだ。
本来、されて「あげない」と向こうが自分にぶつかってしまい、自分は怪我をしてしまう。痛みを与えられてしまう。それらは全て余計なものだしデメリットでしかない。
他人の親切をあてにしているような奴のために、悪いことをしている者のために、なぜ正しいことをしている自分が わざわざ、自分が被害を受けないように気を遣い、体を動かして 、道を譲ってあげないといけないのか。
(P15 社会がどうとかではなく、わたしがわたしのために正しいことをした)
歩きスマホ大反対派の自分には共感しか無かった。
どこかのレビューでは、この主人公の内面描写が腹黒く、いかにも女性らしくて男性には理解できないと書かれてあったが、そんなことはないと思う。
自分は男だが主人公の気持ちは分かる。
そして、わざわざ腕を怪我してまで歩きスマホの男とぶつかった時の心情も理解出来るように思う。
人が話しているときに、あくびをしたくなったら大きな口を開けてそのままあくびをする人は少数派だろう。誰しも他人からの評価を落としたくない。他人から写る自分はいい子でいたい。
だから口を閉じたままできるだけ動きを少なくしてあくびを噛み殺すようにしてやり過ごす。
主人公は自分以外の人たちにいい子のあくびをするのが染み付いているような人物だ。
しかし彼との結婚が現実味を帯びてくると、いい子の自分の中にいい子ではない部分があることへの葛藤が始まる。(P72 あんな自分は大地にぜったいに見せられないのに、これから死ぬまで一緒にいる約束をするのか、おかしくなって、少し笑う。)
演技として故意的にするのではなく、あくまでも自然に。内心相手への罵詈雑言が炸裂していようが決して口から態度からは漏れ出すことはなく。
ただ、歩きスマホに対しては別だ。
「割に合わない」
口癖のように出てくる表現が彼女の理由だ。
(P121 わたしが悪かったって認めたら、それはわたしが割に合わないことを受け入れて生きていなきゃいけないってことになる。)
P116
「前を向いてまっすぐ歩く人だけが、よけていくべきなんだろうか。見えている人、わかっている人がそうしなきゃいけないんだろうか」
この問いを全ての歩きスマホ連中に投げかけてやりたい。