圧倒的な自然描写力、とはこういう本のことを言うのだろう。作者はヴァージニア州の山の中で育ち、ヴァージニア大学で法学と美術額を修め、ネイチャー系のライターをしながらこの初の創作に取り組んだそうである。
主人公は作者の想いを乗せたワイルドな主人公。メキシコ国境の砂漠での密売人の過去を振り捨てて偽名
...続きを読むでアパラチア山脈で自然保護管理の職につき世捨人同然の孤独な生活を送っている。発端となったのは熊の死骸だった。皮をはがされ、熊胆(くまのい)や熊の手が取り出された残虐な殺戮。甘い蜜の罠に、犬たちの首輪に仕掛けられたGPS。現代の山の中での犯罪に、古いタイプの男が挑む。パートナーは、あからさまな暴力の犠牲となったが再生を目指す前任者のタフなる女性。
山間の町では、あからさまな差別や暴力が溢れ、どこの酒場にも濁った倦怠感が流れる。銃器を整え、車を修理し、バンガローを立て直す、手作りなアパラチア生活。
熊殺しの捜査として山中に二人が分け入る描写は凄まじい。ウィルダネス。木、草、鳥、獣たちの描写密度が凄い。流れゆく川は滝となり断崖をロープを使って下る。
メキシコ時代の過去が各所に挿入される。暴力と裏切りと愛した女の死。まるでドン・ウィンズロウの描いたメキシコ麻薬戦争の断面そのもの。
パートナーの喪失と傷心。そして投獄と脱出。過去からの使者。麻薬カルテルの手が迫る。死神の顔をした殺し屋がバージニアに辿り着く。追跡者の暴力のすさまじさ。殺戮のプロフェッショナル。熊殺しを追いながら、過去からの亡霊に命を狙われることで息詰まる時間が、本書の後半を埋める。
緻密な自然描写とそこに生きる生活の活写などが前半で展開され、何が起こるのか不明ながら不穏さだけが全編を覆う、ミステリアスな試走から、畳みかけるアクションの後半へと続く主人公の心の内外の描写が秀逸極まりない。2019年アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀長編賞受賞、他各誌でも話題の作品として取り上げられたらしい。山育ちの新人作家は、本書に関連する二作品を現在執筆中とある。山や自然の好きなワイルド派読者にはうってつけの作家の登場を素直に歓びたい。