フランソワ・デュボワ(Francois Du Bois)
1962年、フランス生まれ。94年にレジオン・ヴィオレット金章音楽部門を史上最年少で受章するなど、世界的なマリンバソリスト、作曲家として活躍中。楽器史上初の完全教本『4本マレットのマリンバ』(全3巻/IMD出版)を刊行するなど、卓越した表現力
...続きを読むで、作曲、執筆などを通じてマリンバソリストの地位を向上することに大きく貢献。慶應義塾大学で作曲法を指導しはじめたことをきっかけに在日21年目。本書読者のために新譜『Gunung Kawi』を特別公開(ハイレゾ対応)。
じつは、単に音符を書き込んだだけでは、その人の頭の中にある音楽を正確に再現して記したことにはなりません。その理由は、個々の音符が示しているものが、その音の 相対的な 高さと長さだけだからです。 相対的な音の高さと長さ──これが、音符が示しているものの本質です。
すでにお気づきのとおり、音楽は、規則に縛られた特殊な芸術です。 絵画や彫刻などの他の芸術分野に比べ、やたらに制約やルールが多く、その点からも、数学の一種といっていいものです。あるエンジニアの友人から、「数学者は音楽に数学を見出し、音楽家は数学に音楽を見出す」という面白い表現を耳にしたことがありますが、まさにそのとおりでしょう。 実際に、数学的素養をもつ理系人から音楽家になった人は少なくありません。私の先輩世代でいえば、ルーマニア生まれのギリシャ人でフランスで音楽活動をおこなったヤニス・クセナキスや、指揮者としても活躍したピエール・ブレーズら多くの作曲家たちが、建築学や数学を修めています。
さて、対位法を駆使した代表的な作曲家といえば、J・S・バッハでしょう。先に、平均律の名前の由来としても登場した、あのバッハです。 彼による徹底的な音の研究のおかげで、対位法の可能性は極められたといって過言ではありません。バッハの生涯の仕事の集大成として没後に出版された『フーガの技法』は、彼の偉大さを体現する究極の作品集ですが、この「フーガ」こそ、対位法のなかで最も優れた構造とされていました。 この作品の中から、「二声のインヴェンション第4番」を選んで、通常のスピードよりもはるかにゆっくりと演奏した音源を特設サイトに用意しましたので、ぜひ聴いてみてください。
美の基準に絶対的なものなどありそうにないのに、和音についてはなぜ、美しい/醜いと呼び分けるのか。ちょっとふしぎな感じがしませんか。
また、不協和音を駆使することで、独特のかっこよさやミステリアスさを創り出すことに成功している音楽家もいます。その代表格が、ジャズピアノの巨匠、セロニアス・モンクです。 彼の曲には、典型的な不協和音である「ド・ファ#・ラ♭・レ♭」などが登場します。 旋律に対する美醜の意識がさまざまに異なることは、世界各国の民族音楽を聴き比べると、さらに一目(一耳?)瞭然ですね。アフリカ、インド、タイ、インドネシア、日本、沖縄、アラブ諸国、世界各地のどの和音にも独特の存在感があり、それぞれの美しさを発揮しています。
「さくらさくら」「うさぎ」「うれしいひなまつり」などは、ほとんどの人が歌えるのではないかと思います。これらの曲には、日本ならではの音楽の伝統に基づいた「耳に残りやすい音の構成」がなされているのですが、ご存じでしょうか? それは、「ヨナ抜き短音階」という音階が用いられていることです。「ヨナ」というのは、明治時代に「ドレミファソラシ」のことを「ヒフミヨイムナ」と、1~7を意味する和名でよんでいたことに由来します。 じつは、現代のポップスにもヨナ抜き短音階を使っている楽曲があり、松任谷由実の「春よ、来い」がそうです。どこか懐かしい郷愁をそそるあのメロディには、日本人が幼少期から慣れ親しんでいる童謡と同じ響きが含まれているわけです。
作曲家の選択による最良の音(楽器)の組み合わせに、演奏家による精度の高い再現(演奏)が加われば、定量的な美しさを生み出しうる。音楽は科学的な芸術なのです。
繰り返し述べているとおり、作曲は数学です。 和音Aは和音Bとは相性が悪いけど、和音Cとは共通する響きがあって相性が良い、というような決まりごとがたくさんあることで、音楽の美しさは作られています。
倍音は、それこそ数学的な性質をもったもので、1636年に、メルセンヌ素数で有名なフランス人数学者、マラン・メルセンヌ(1588~1648)によって発見されました。前述のとおり、音の本質は空気の振動であり、音はそれぞれ高さを決定づける周波数をもっています。倍音は、この基音の周波数の整数倍の値の周波数をもつ音の成分で、倍音が豊かであるということは、その楽器の音色が豊かであることに直結するの
です。
作曲家として、あるいは演奏家として、楽器に対して私がつねづね考えていることを最後にご紹介しておきます。 それは、「良い楽器には、そもそも良い音が宿っている」ということです。数多くのマリンバを演奏してきた経験からもそれは確かで、たとえば、福井県に本社を構える世界的なメーカー・こおろぎ社のマリンバは、世界一の音を宿していると感じています。