1964年に10年に亘る癌との闘いの末60歳で亡くなった宗教学者・岸本英夫が、自らの闘病と生死観について雑誌・テレビ・ラジオ等で発表したものをまとめ、死後に出版されたもの。
本書には、第一部「死に出逢う心がまえ」に、癌の再発に絶えず脅かされながら、やがて、癌や死を乗り越えてゆく境地に達した著者の人生
...続きを読む観に関する3篇、第二部「癌とのたたかい」に、10年間の生々しい体験、精神的な苦闘とそれを克服していった経緯を語った3篇、第三部「現代人の生死観」に、宗教学者としての死に対する人間の考え方の分析に関する4編が収められている。
著者は宗教学者であるにもかかわらず、死後の生命の存続について、「私自身は、はっきいえば、そうしたことは信ずることはできない。・・・それが、たとい、身の毛がよだつほど恐ろしいことであるとしても、私の心の中の知性は、そう考える。私には、死とともに、すなわち、肉体の崩壊とともに、「この自分の意識」も消滅するものとしか思われない」という考えで、それ故に、「さしあたりの解決法のない生命飢餓状態にさいなまれながら、どこまでも、素手のままで死の前にたっていたのである」という。
そして、死の恐怖との長い格闘の末、「死というものは、実体ではない・・・死を実体と考えるのは人間の錯覚である。死というものは、そのものが実体ではなくて、実体である生命がない場所であるというだけのことである」ということに気付き、その後は、「人間にとって何よりも大切なことは、この与えられた人生を、どうよく生きるかということにあると考えるようになった。いかに病に冒されて、その生命の終りが近づいても、人間にとっては、その生命の一日々々の重要性はかわるものではない。つらくても、苦しくても、与えられた生命を最後までよく生きてゆくほか、人間にとって生きるべき生き方はない」という、“生命の絶対的な肯定論者”に転回することができたのだと語る。
その上で、現代社会において宗教に求められるのは、死後の生命の存続を示す天国や浄土に対する信仰ではなく、「人間は、なんのために生きているか」と「人間は、どう生きてゆけばよいか」という、人間についての究極の二つの課題に何らかの指針を示すことであろうと加える。
50年前の著書であるが、語られる生死観は普遍性をもつものであり、心に残る一冊である。
(2008年5月了)