特徴的なファンタジー作品を読むたびに、人間の想像力の面白さを感じるのですが、この『竜のグリオールに絵を描いた男』もそれを感じました。表題作もそうなのですが、「始祖の石」という短編の発想は特にすごい。竜と魔法の世界で、法廷ものの話が展開されるなんて思ってもみなかった(笑)
そして、この作品集に共通する空気感も、またすごいのです。
魔法の力によって数千年もの間、その場を動けなくなった竜のグリオール。やがて竜の身体は草木に覆われ、その身体には村ができるまでになります。しかしグリオールは死んだわけでなく、そのあまりにも巨大な力は、たとえ動けなくても、人々の思考に影響を与えることができるそうで……
そんな世界を舞台にした連作短編が4編収録されたのが、この小説。
表題作の「竜のグリオールに絵を描いた男」は、もはや殺すことは絶望的とされたグリオールに対して、ある男が提案したグリオールを殺す方法とその行く末を描きます。その方法というのはグリオールに絵を描き、その絵に使われる絵の具の毒で少しずつグリオールを弱らせるというもので……
元々タイトルからして気になっていた作品でしたが、この計画自体もまさに奇想天外で面白い! さらにグリオールの身体に住む人々の文化や、奇妙な生物たちと想像力をかき立てます。そして、なんとも言いがたい後味の残る結末……
「鱗狩人の美しい娘」はグリオールの外ではなく体内の話へ。これは表題作以上に想像力がかき立てられます。なんとグリオールの体内にもコミュニティや独自の文明があり、そして外以上に奇妙な生物たちがいるのです。そしてグリオールの心臓であったり血脈であったりと、体内の異形でありながら、どこか幻想的で美しく、そしてときに厳しい世界にも、ただただ圧倒されます。
「始祖の石」はグリオールの影響によって殺人を犯したと話す男を担当する弁護士の話。
男とその娘の目的や関係性に徐々に迫っていく、という法廷ミステリ要素もありながら、終盤は証拠を求めての冒険ファンタジー風の展開に。主人公の正義心に恐怖と幻想に巨大な影も見え隠れする、これも特異な短編。
そして「嘘つきの館」
妻を殺し生きる価値を見いだせなくなっていた男は、ある日グリオールの周りを飛ぶ小さな竜を見つけます。好奇心にかられ男がその場所へ向かうと、そこには美しい女性がいて、そして二人の奇妙な共同生活が始まり……。
竜と魔法のファンタジーとなると、ゲームの影響のためか、自分はどうしても冒険ものの明るいイメージを思い浮かべます。しかし、この『竜のグリオールに絵を描いた男』に収録されている短編はいずれも、そんな明るさとは無縁。
初めはその雰囲気に「思ってたのと違うなあ」と戸惑いもあったのですが、徐々にその空気感が自分の中で、はまってきた作品集でもありました。
登場人物たちはもちろんそれぞれが、意思を持って行動します。しかし彼らには常にある疑念が絶えません「自分の行動は、グリオールによって決められているのではないか」と。
語り手たちの疑念、そしてふとした瞬間に感じる、個人ではどうしようもない圧倒的な力の圧力。それが物語に一種の緊張感や閉塞感を生み、どことなくダークで虚無的な雰囲気が物語全体を支配します。この雰囲気がなぜかどんどんはまっていくのです。ただ読み手は選ぶかも……
見えない巨大な力に操られる、そして操られていることを自覚しながらも先に進むしかない人々の悲哀を、この小説は暗に描いているのかもしれない、と感想を書いている途中に思いました。だから、この雰囲気が嫌いだと感じないのかなあ。
そう考えると各短編の登場人物たちのそれぞれの行く末も、なんだか納得がいく気がします。それは場面や意味合いは違えど、それぞれの世界や圧倒的な力からの解放を、示しているように思えるのです。
現代も、政治や経済、環境問題に災害やウイルスと、個人では太刀打ちできず、そして時に急に個人に牙をむく巨大な力はたくさんあるような気がします。
そんな世界と自分とを、グリオールと登場人物たちに重ね合わせシンパシーを感じる部分があるから、自分はこのグリオールの世界が好きなのかもしれません。
考えれば考えるほどに、様々な解釈が湧いてきそうな不思議な作品ばかりです。
圧倒的なまでの想像力と、その想像を描いてしまう描写力、そしてありがちなファンタジーとは一線を画したダークな雰囲気。そのため、読む側も結構想像力が必要ですし、このダークで虚無的な雰囲気も好き嫌いはありそうです。
それでも好きな人は、滅多にない物語体験が出来るのではないかとも思います。少なくとも自分は今までにない読み心地の作品ばかりで、とても満足度の高い小説でした。