最近、ロシア・ウクライナ関連の本が多数出てきて読むのが全く間に合ってないのだが、本書はその中でもズバ抜けて素晴らしい本だった。私が読んでる最中に本書が山本七平賞(実はこの賞をよく知らないのだが)を受賞していたが受賞も納得の内容であった。
本書はロシアの情報機関の歴史をソ連時代のチェーカー・KGBか
...続きを読むら現代のFSBまで概説し、その連続性について強調している。
ロシアについて結構詳しくなってきたと自負していたが、全然知らない事象がたくさんあり、目から鱗が落ちる瞬間がたくさんあった。特に、私が個人的に好きだったロックグループのキノーがKGBによって作られたクラブから輩出されていたという事実には、ロックは反政府的という固定概念もあったので、驚愕した。
また、ウクライナ戦争以降の言論・ネット上で明らかに親露的な(というか中立ぶってクレムリンプロパガンダに迎合する)言説が蔓延っているのを見て、鬱憤が溜まる毎日だったのだが、これら言説は本書が指摘するロシアのアクティブメジャーズの手法に見事に合致しており、痛快にも似た納得感があった。
「文化は別」や「米国の方が悪」といった言説の危険性は、私もそうした認識を持っていた時期もあり、自省も込めて勉強になった。
保坂氏が指摘するように、学校や大学では複数の情報をあたる情報リテラシーは習うが、これではアクティブメジャーズまで防ぐことができない。(保坂氏はここまで言ってないが)教育内でカウンターインテリジェンスも学ぶことも大事かもしれない。
大変読みやすい上に非常に勉強になる本だったので、今後も是非読み返したい。
以下、備考
・KGBの始祖は秘密警察組織(ЧК: Всероссийская чрезвычайная комиссия по борьбе с контрреволюцией и саботажем)。ここからチェキストというように
・露情報機関に警鐘を鳴らし暗殺された露人。Галина Старовойтова, Юрий Щекочихин, Анна Политковская, Александр Литвиненко等
・【p.6】ソ連初期のチェーカー(レーニンと初代議長ジェルジンスキー)による粛清は数十万人とされる。その後のソ連・露史学は、スターリンに大粛清の全責任を負わせる一方で、両者の非人道的行為には沈黙
・【p.8】1921年、内戦が収束に向かうと、ЧКをНКВД(内務人民委員部)のГПУ(国家政治局)に移管。実態はほぼ変わらず
・【p.9】1923年にГПУはОГПУ(統合国家政治局)に改組。じ後、スターリン治政下で、НКВДのトップにОГПУのゲンリウ・ヤゴーダが任命され、事実上ОГПУは上位組織たるНКВДを吸収。
・【p.22】KGB及びFSBの組織図
・【p.25】KGBは省庁、通信社、大学、企業に将校を送り込む「現役予備」制度あり(1998年「FSB出向職員」と改称し、「ロシア連邦保安機関に関する法」第15条で正式に規定
・【p.31】SVRはKGB第1総局の後継。モスクワ郊外のヤスネヴォ地区にあり、チェキストは「森」と呼ぶ。同職員は現在、約1万〜1.5万人とされ、その4分の1は海外駐在
・【p.38】KGB第5局は反体制派の取り締まりを担い、思想警察のような仕事も。「キノー」や「アクアリウム」等を輩出したレニングラード・ロック・クラブもKGBにより創設
・【p.39】プーチンは自身が第1総局のエリート出身と語るが、実は大部分は第5課の防諜員。こうした背景からか、ソ連崩壊に伴い5局(Z局)は公式には廃止したが、1990年末プーチンFSB長官の下、FSB第2局として復活
・Q: なぜKGBは生き残ったか?→ KGBは早くから政治に関与。議会や野党は保安機関の息がかかる。→ スターリン時代の粛清という不都合な過去を切り離し、イメージ刷新(21年12月に閉鎖したメモリアルも懐柔を企図)
・【p.43】ハンドラー(ケースオフィサー)とは、自らのエージェントを運用する将校等のこと
・プーチンの「システマ」FSB=マフィア=行政の三位一体
・【p.94】ロシアでは、国内防諜のFSBがSVRの対外諜報の分野を侵食。〜ソ連崩壊に際し、ロシアは、ウクライナを始めとするCIS諸国との間に互いに対外諜報を行わないと取り決めたが、ロシアは、詭弁だが、SVRがこれら活動に従事できなくとも、国内防諜機関の活動は禁止されてないと考え、FSBが諜報・工作活動に従事〔← FSB第5局がCISを担当している理由が判明〕
・【p.99】露のアクティブメジャーズに関し、デニス・クックス「ソ連のアクティブメジャーズと偽情報ー概観及び評価」が再注目
・【p.105】「コンプロマット」とは、政治・ビジネス上のライバルの評判を落とすための醜聞またはそのような情報を利用する慣習のこと
・【p.109】露のアクティブメジャーズ・プロパガンダ体制の図
・【p.117】「ポスト真実」は真実を否定せず、真実はそれを語る者の数だけ無数にあると語りかける。オルタナティブな解釈が無数にあるという世界観はポストモダン的態度をとる左翼知識層や対立する双方の主張を「平等に」聞くジャーナリズムから違和感なく受け入れられる。
・【p.119】半真実の方法論(露の責任逃れのコミュニケーション手法)
・【p.122】特殊肯定感化
・【p.125】KGBにとり、ソ連のカウンターパートと関係を保持したい外国人研究者・学生等は格好の標的
・【p.136】露による西側非難には、「ミラーイメージの法則」の下、欧米が露と同じ行動をとるはずだと捉える。
・【p.137】クレムリンや情報機関から委託を受け、GONGO(官製NGO)やメディアを駆使して世論調査に従事するものを「政治技術者」という。
・【p.152】専門家会合とテーマ集
・【p.181】チェキストの世界観(ドゥーギン、グミリョフ「пассионарность」、イリイン)
・【p.204】「ロシア世界」。文化は「ロシアの経済上及び対外政策上の利益及び世界での肯定的イメージを実現するための効果的な手段」(2007年、露外務省)
・【p.209】露世界基金理事の一人、チェルノフは露大統領府の対外地域間文化交流局長で、SVR将軍。同局は長らく活動が不明だったが、CIS諸国でインフルーエンス工作を実施し、モルドバではドドンに指示していた。
・【p.235】ヤヌコヴィチは「親露派」と称されるが、それを押し出すのは選挙期間中ぐらい。しかし汚職が深刻でウクライナ国家予算1年分を横領
・2012年末、プーチンはグラジエフ大統領顧問に「ユーラシア統合プロセスへのウクライナの取り込みに関する包括措置」の作成を指示。「包括措置」で、ウクライナのEU連合協定署名が露関税同盟の道が閉ざされると予測。
・グラジエフの部下のフロロフがウクライナでのアクティブメジャーズの責任者に
・包括措置失敗後の露は、「ドネツク・ルガンスク人民共和国」をトロイの木馬としてウクライナの政治体制に埋め込み、これらの傀儡がEU・NATO加盟路線に対し拒否権を行使することでウクライナの対外政策を制約する支配体制の確立を企図(「連邦化」計画)
・2014年3月前半、ウクライナ東部に潜入した親クレムリン若者組織ナーシのゴロスココフ(GRU工作員の可能性)は「ドンバス・コーディネーター」を名乗って「調整会議」を立ち上げ。同会議が「ドネツク共和国」樹立を宣言
・4月頃、イワノフ大統領府長官に近い露オリガルヒのマロフェエフがドンバスへの非正規部隊の偽装に協力。マロフェエフの投資会社員に扮した政治技術者ボロダイとFSB将校ギルキンがそれぞれ「首相」と「国防相」を自称
・【p.246】佐藤優の「友人」カザコフは自称「政治学者」としてスルコフ主催の「専門家会合」(p.152)に参加。「ドネツク人民共和国首班」のザハルチェンコの顧問として「特殊肯定感化」工作(ドネツクを実際にはただの傀儡だけどプーチンにも逆らうイメージを作る工作)を実施
・【p.248】露寄り研究者スティーブン・コーエン(米)、リチャード・サクワ(英)、ヨルグ・バべロウスキー(独)、ミアシャイマー、マルレーヌ・ラリュエル(仏)等。彼らの共通点は、①ウクライナの存在を否定・矮小化するロシア中心主義、②「オルタナティブ」を追求する反覇権主義的な認識枠組み(ポスト真実)
・【p.252】露シンクタンク(外交防衛政策評議会SVOPや露国際問題評議会RIAC)のフョードル・ルキヤノフも世論操作専門家
・【p.256】トレーニンも元GRU大佐