ロンドン塔の王子たちを殺害したのは本当にリチャード三世なのか?ベッド探偵が真実に迫る歴史ミステリの傑作。
シェイクスピアの戯曲では清々しいまでの極悪非道の人物として描かれていたリチャード三世。そのイメージが広く流布したまま時は流れ、本書が発表された20世紀半ばに至っても彼の悪名は依然として世間に轟
...続きを読むいていた。退屈な入院生活中にふとその肖像画を目にすることになったグラント警部は、人間の顔分析についての職業上の経験と独自の見解から、「この人物は本当に悪人だったのか?」と疑問を抱く。退院までベッドで暇を持て余す警部は、歴史的人物の真相に迫るべく文献の調査と推理に乗り出していくのだった。
英国の歴史とか、薔薇戦争とかおぼろげな知識すらないレベルだったけれど、直前にシェイクスピアの『リチャード三世』を読んでいたおかげですんなり入り込めた。あの悪王のイメージと、表紙にある神経質そうな彼の肖像画とは、確かにイメージが合わない。加えてグラント警部の鋭すぎる「人間の顔」分析が面白く、警部がこの肖像画とその人物伝とのギャップに抱く疑問に読者としても俄然興味がわき、冒頭から引き込まれた。
焦点となるのはリチャード三世が殺害したとされるロンドン塔の二人の甥についての真相。文献と友人たちの調査から推理を重ね、次第に見えてくる、「歴史」とはまったく異なるリチャード三世の人物像に驚愕する。なぜ真実はゆがめられたのか?グラント警部は、とある人物の思惑につきあたる……。
もし、リチャード三世がボズワースの戦いに勝利していれば、歴史と彼の評価はまったく異なるものになっていただろうという「歴史のIF」について分析するところも面白い。本作の中で一つの結論にたどり着くが、この点について調べると、リチャード三世を擁護する説そのものは古くからあり、現在でも評価は分かれるようだ。ただ本書の面白さは知的好奇心を刺激する歴史の謎を題材としながらも、推理を重ねる「ミステリー」の部分が主体であり、どちらの説を取るかということよりも、その過程にこそ魅力があるのだと思う。最初から最後まで興味が尽きない、引力のある傑作だった。