電子書籍が普及する昨今、かつてのハヤカワSFシリーズの復刻というべき体裁のビニールカヴァー付ソフト・カヴァー、小口塗り、やや黄色い紙の手に馴染む「紙の本」を出す早川書房の心意気をまず称えておきたい。3年後には文庫化する商売っ気も称えておくが。
しかし中身は旬の作家たちのSFで、バチカルピだの、こ
...続きを読むのライアニエミだのエキゾティックな名前も並ぶ。ライアニエミはフィンランドからイギリスに渡った人。
ニュー・スペースオペラと評される本作は、まずは人間の精神のソフトウェア化が済んだ未来の太陽系が舞台となっており、一応、肉体に宿っている人間の他、どうやらオンライン・ゲーマーの末裔と思われる、オンライン知性体のゾク、集合的意識体と思われる精神共同体(ソボールノスチ)などの人類のヴァリエーションが何やらそれぞれの利害で動いている。
海王星軌道上の監獄にソフトウェア状態で囚われている盗賊ジャン・ル・フランブールは日夜、仮想空間の中で、人工知性体と決闘のゲームを強要されていたが、そこに戦闘美少女ミエリが侵入し、フランブール(のひとつのヴァージョン)を救い出す。ミエリはソボールノスチの集合的ペレグリーニのために働いているらしく、何か訳ありだ。フランブールは否応なくミエリに働かされることになる。物語の主舞台は火星の都市ウブリエット。忘却を意味するこの都市はかつてフランブールが暮らしていたことがあり、昔の因縁がありそうだが、脱獄したフランブールのヴァージョンにはそのあたりの記憶が欠けている。
映画『タイム』では余命が通貨として流通する社会が描かれていたが、ウブリエットでも時が金である。使い果たすと、精神が抜き取られ、静者といわれる機械の操作系として使役され、その労働で時間を貯めるとまた人間に戻ることができるという社会である。抜き取られた精神は、この物語ではゴーゴリと呼ばれるが、それはその精神ソフトフェアが「死せる魂」だからである。種々のテクノロジーはさしたる説明もなく、各国語で印象的な名称が付けられて、これでもかと投入されている。
怪盗に対する名探偵は学生のイジドール・ボートルレ。そして千年紀長者ウンルー主催のパーティに怪盗からの予告状が届く。
怪盗ルパンへのオマージュ、火星シリーズへのオマージュをちりばめつつ、怪盗対名探偵の対決は実はそれほど中心的ではない。謎はフランブール自身の知らない自分の来歴であり、そしてウブリエットという都市の謎なのである。また、キャラの立った登場文物たちの絡み合い、人間兵器ミエリのアクションも大きな見せ所となっている。
とりあえずウブリエットの謎は解かれるのだが、ミエリの訳ありとフランブールの因縁はほのめかされただけで、次の舞台は地球と告げられる。これは三部作の1作目で、第2作『複成王子』はまだ読んでない。