「××の××さん、召集令状が参りました。直ちにおうちへお帰りください」
戦時中、プロ野球の試合を中断して競技場に響いたアナウンスだそうだ。戦争に関する本を読むといつも思うことだが、戦争は必ず、予想不能の事態を引き起こす。例えば第二次大戦末期、兵士用の毛皮の足しにするため、家で飼っている猫と犬は強
...続きを読む制的に供出させられ、撲殺されたが、開戦当初、飼い猫や飼い犬にこんな悲劇が降りかかることを予想した人がいただろうか。
戦争は誕生したばかりのプロ野球にも荒唐無稽な要求を突きつける。本書は、プロ野球そのものの解散を含む政府のそうした要求に、協力するフリをしながら抵抗した野球界の様子を描いたルポである。沢村栄治はもちろん随所に出てくるものの、決して一人の選手だけを取り上げて書いているのではない。「戦時下職業野球連盟の偽装工作」という副題の方が、本の題名としてはむしろ相応しい。
戦時下、野球界は時勢に合うよう様々な「改革」を行う。例えば、死ぬまで戦えという軍の要求に合わせて引き分けも9回裏の×ゲームも廃止、これにより決着がつくまで延々と延長戦が行われるようになった。英語由来または、英語を連想させる用語はすべて言い換えた。これによりロシア出身の投手スタルヒンは「須田博」と改名させられた。また、試合前には選手が軍服を着て手榴弾を投げる競技を行うようになった。
野球界のこうした変更は一見「自発的に」行われた。しかしこれらの「改革」は、全面的に協力しているように見せかけるための偽装であり、その裏で野球界は選手が戦地へ送られないよう、工夫を凝らしていた。例えば、大学生は徴兵が猶予になることを利用して、選手を日大の夜間部などに入学させ、大学生にしてしまう、などである。
「ヨシ一本」(ストライクワン)、「ダメ」(ファウル)など、今考えるとばかばかしいような言い換えの裏には、プロ野球を愛する人たちの苦心、深い苦悩があったことを、この本は教えてくれる。
「自発的な決意に期待する」今も昔も権力者の卑怯なところは、強制はしていないという形をとって、強制することである。現在マスコミは行儀よく「自主規制」し、原発にしろオリンピックの阿呆らしさにしろ、軍部に等しい現政権にマイナスになる事実はきちんと報道されない。もっと気概を持ち、誇りを持って、報道する者としての責任を果たしてほしい。この本を読んであらためてそう思わずにはいられなかった。