『医療政策を問いなおす~国民皆保険の未来~』 島崎謙治
医療政策について、財源論、他国との制度の比較、現在の日本の医療政策の成立背景等がよくわかる。
個人的な興味関心は、職域医療政策である健康保険組合についてであるが、健康保険組合を論じる上では、そもそもの日本全体の制度についても理解が必要であると
...続きを読む感じ、本書を手に取った。
日本の医療政策として、社会保険方式(⇔租税方式)で国民皆保険(⇔アメリカのような一部保険)を実現しており、医療の提供においては現物給付方式(⇔償還払い方式)によって成り立っているということについて、それぞれの代替案や他国の制度の形を示しつつ、なぜそのような仕組みを取っているのかが詳説されている。個人的には、どうしても保険業界にいると、財源と給付について目が行きがちであったが、本書では現物給付方式を成立させている医療機関の供給サイドの仕組みや、現物給付方式にすることで民間医療機関が多いにもかかわらず、それらの経営原資を診療報酬に依存させ、実質的には政策誘導がしやすい形にしている(なっている)等の観点は新鮮であった。
また、社会保険方式の運営は、保険主義とイコールではないことなども、記載があったことは納得感がある。保険業界の身からすると、現代の保険商品のほとんどは応リスク負担保険料、つまり、一定のリスクに応じてその分保険料を負担するリスク細分化の商品設計になっているが、日本の社会保険は応能負担であり、個人のリスクにかかわらず、負担できる所得の有無によって、保険料が決定しているという点に、ちぐはぐさを感じざるを得ないが、ある意味、国民皆保険を達成するための方便として完璧な保険主義の遂行は不可能と認識しながらも運営でカバーしているという実態を改めて認識できた。
そうした中で、応リスク負担であるべきところを、応能負担にしていることにより、低リスク者から、高リスク者へ、高所得者から低所得者への所得移転がされることを理解した上で、そのような所得移転が容認されやすい一定顔の見える共同体として、カイシャ(職域)とムラ(地域)が現在の健康保険の基礎となったという点も、合点がいく。
一方で、高度経済成長期かつ人口ボーナスのある中で設計された日本の社会保障制度のほとんどが、人口減少社会と定常経済により、機能不全に陥っていることについて、課題点として挙げている。
そもそも、社会保険といいつつも、給付財源のうち保険料で賄われているのは5割であり、4割が公費、患者負担が1割となっているのは、保険業界の者か見ると明らかに保険制度とは言えないシロモノである。そして、もっと言えば公費で賄われているものの財源には、国債発行によるものも多くあり、明らかな給付過多である。後期高齢者の患者給付の異常な少なさ(十分な所得があるにもかかわらず、負担割合が少ないケースも散見されること)や、健康保険組合でも、後期高齢者医療制度への上納金が4割程度を占める等、世代間の格差が甚だしいというのが現状である。少子高齢化により、このままの仕組みであれば、社会保障制度の給付の財源割合はより、公費によって行くことも考えられる。社会保険方式を取りつつも、実態は税財源になりつつあるということが述べられている。その上でも、税財源確保のための消費税引き上げが急務であることなどの、政策提言も行われている。
本書の締めとして、そのような状況の中で、今以上に世代間格差が加速する前に、現状分析の下で理性的に議論することが求められる。社会保障制度は、寄木細工のように複雑な構造であり、部分最適が全体最適を意味しない。そのような中で、データを交えて真剣に議論するような土壌として、民主主義の成熟が欠かせないことが述べられており、そこに私も合意する。