本書の著者は政治史・外交史を専門とする研究者である。
決して読みやすい本とは言えないが、2015年に紛糾した日本の安全保障問題の全体像を把握するにはオススメできる。
強行採決された安保関連法案については「戦争法案だ」「戦争法案はレッテル貼りだ」という全く噛み合わない状態が続き、その隔たりは今のと
...続きを読むころ埋まりそうにない。
本書はその間を埋めるのに役立つ1冊だろう。
自衛隊の存在の必要性を完全に否定する人は多くないだろう。
東日本大震災をはじめ、災害救援などでの活躍は多くの命を救った。
実際、2015年1月の内閣府による調査では92%以上の人が自衛隊に良い印象を持っているそうだ。
しかし、1960年代頃には「自衛隊は憲法違反」として、自治体によっては住民登録を拒否したり、成人式に参加させなかったりといった自衛隊員への差別が行われたという。
今では想像できないが、そういった歴史的経緯は知っておくべきだろう。
念のため、そもそも自衛隊がどのようにできたのかの経緯を簡単に書いておくと以下のようになる。
まず戦後GHQの占領下において、1947年に日本国憲法が制定された。
これにより日本は軍事力を持てない状態となった。
ただしGHQ占領下であるから、軍隊がなかったわけではない。
その後、米ソ冷戦状態となり、1950年に朝鮮戦争が起こる。
日本にいた米軍はこれに参加するが、そうすると軍隊を持たない日本は誰がどう守るのか、という問題がある。
そこで作られたのが警察予備隊だ。これが陸上自衛隊の元となる。
ただし、戦前の日本軍に関わる人々は警察予備隊から排除されたそうである。
これは日本人に残っていた軍人に対する不信感の表れでもあるだろう。
一方、日本近海の密漁・密貿易などの犯罪を取り締まるため、海上保安庁が1947年につくられ、海上部隊もつくられるが、こちらには戦前の海軍のメンバーが多く含まれたようである。
さらにマッカーサーの指示により機雷掃海のため朝鮮戦争にも加わり、機雷による「戦死者」も出ている。
その後、サンフランシスコ平和条約・日米安全保障条約により、1951年に日本は占領状態ではなくなった。
それに伴い、警察予備隊は保安隊となり、1955年に陸上自衛隊となる。
一方、既に存在していた海上部隊は海上自衛隊となり、後に航空自衛隊も作られた。
以上のように陸上自衛隊と海上自衛隊、そして航空自衛隊が異なるのルーツを持っていることは、後々まで影響があったようである。
詳しくは本書をお読みいただきたい。
日本が国際復帰を果たした直後から「憲法と自衛隊・自衛権」の問題は起こったが、それらは多くの書籍で述べられていると思うので割愛する。
その後、現在までの自衛隊の歴史や、日本の安全保障の問題について、本書で述べられている点を簡単にまとめていくと以下のようになる。
第1に、自衛隊は攻撃されたときにのみ国土を守るための部隊として認知されている。
その「専守防衛」という姿勢は「必ず日本国土が戦場になる」ことを意味していながら、十分な運用体制が長らく整っていなかったことが本書では指摘されている。
例えば、ソ連からの亡命者が航空機で北海道に着陸した「ミグ25号機事件」ではソ連から攻撃される可能性が現実味を帯びていたにも関わらずほとんど何も対処できなかったことや、阪神・淡路大震災での初動の遅れなどが挙げられている。
ただし、阪神・淡路大震災については自衛隊は4時間も待機しており、指示を出す側の問題であったことが本書では指摘されている。
非常時に指示待ちだった姿勢を批判する方もいるかもしれないが、自衛隊が勝手な判断で活動することは「文民統制(シビリアン・コントロール)」に反する。
ちなみに日本の自衛隊は「文民統制」ではなく「文官統制」であることが本書で指摘されている。
第2に、日米同盟と米軍基地の関係だ。
実は、長く続いた自民党政権下でも、自衛隊と米軍との関係については意見は一致していなかったようである。
「国防は米軍に任せて日本は経済復興優先でいこう」という立場から「日本は独立国家として自国の軍隊を持つべきで、米軍には撤退してもらう」という立場まで幅広い。
あるいは、自衛隊を違憲とする社会党が政権を持った時代もあった。
しかしながら、自衛隊は存続し続けた一方、日米同盟も重視され続けている。
特に米軍基地は沖縄が72%を占めるなど、大きな問題になっている。
この経緯も詳細に述べられている。
第3に、国際関係の問題がある。
日本は湾岸戦争において1兆円程度の金銭的な支出をしたにも関わらず「金しか出さない国」として国際的な非難を浴びた。
これがトラウマとなっていることは多くの書籍で触れられている。
その後、カンボジアPKO、イラク派遣といった人的活動が行われているが、国際社会からの要請・期待と、現状の日本ができること、日本人が許容できることには隔たりがありそうである。
第4に、日本の安全保障、戦争参加についての問題だ。
本書は平和について「軍による平和」と「軍からの平和」、日米同盟については「巻き込まれる恐怖」と「見捨てられる恐怖」という対照的な表現を用いている。
最初に書いた現在の日本の安全保障に関する意見がかみ合わない現状は、本来は上記のような両面性のある問題を一面的に捉えていることにあるのではないか、と思う。
著者は自衛隊の存在や、集団的自衛権の行使、軍事力による安全保障には比較的肯定的だと思われる。
それでもイラク派遣において「自衛隊は非武装地域にしか行かないから安全だと言うが、非武装地域とはどこか?」という質問に対して、小泉元首相が「自衛隊がいるところが非武装地域」という論理性のない発言をしたことや、第二次安部政権の立憲主義を無視するかのような強引な手法は批判している。
その意味でも、現在の日本安全保障問題について考える上で、対立する意見の「間を埋める」にはオススメである。