円谷幸吉は、言うまでもなく1964東京オリンピックの男子マラソンで銅メダルを取った伝説のランナー。
しかし、その栄光から、わずか4年後に自ら命を絶ってしまいます。
本書は、自死の影に一体何があったのかを、膨大な数の手紙や関係者への取材を元に迫ったノンフィクション。
栄光の影に挫折あり。
東京オリンピ
...続きを読むックで銅メダルを獲得した後の円谷は、まさに挫折の連続でした。
自衛隊体育学校に在籍しながら練習に明け暮れますが、体調不良とスランプに見舞われ、大会では記録が思うように伸びません。
信頼していた指導者が異動(事実上の左遷)で離れ、孤立無援の状態で、もがき苦しみます。
さらに私生活では、婚約していた女性がいましたが、破談に追い込まれます。
転落と言えばこれ以上ない転落ぶりは、読んでいて痛々しいほどです。
それでも幸吉は、来たるメキシコオリンピックでの「金メダル獲得」を至上命題に掲げ、闘志を燃やし続けます。
しかし、肉体は思うようになりません。
幸吉の苦悩はいかばかりだったでしょう。
自殺する前年1967年の大晦日には、郷里の福島県須賀川市で一家団欒、地元の味覚を堪能します。
地元の味覚は、幼いころから郷里を駆け巡っていた記憶と密接に結ばれていたことでしょう。
そして、年が明けて1月9日、自衛隊体育学校宿舎の自室でカミソリで頸動脈を切って自死します。
「父上様、母上様、三日とろろ美味しゅうございました」から始まる、あの有名な遺書は、読んでいて胸が詰まりました。
「幸吉は、もうすっかり疲れ切って走れません」
の言葉は、涙なしでは読めません。
これほど哀切な死が、全体あるでしょうか。
幸吉の死後、彼の遺書に触発された三島由紀夫は、こう一文を記しました。
「自尊心と肉体は、もっとも幸福な瞬間には、手を携えて勝利の壇上に昇ったが、もっとも不幸な瞬間にはお互いが仇敵になる。実に簡単なことだ。解決は一つしかない。自尊心を活かすためには、崩壊に赴こうとする肉体を殺すほかない」
恐らく、そういうことなのだろうと思いました。
最期の日々に付き添った謎の女の正体に迫る最後の章も読み応えがありました。
2020東京五輪の前に読みたい一冊。