著者はドキュメンタリーなどを中心としたテレビ製作者だという。本書は著者による自身の闘病を記録したドキュメンタリーとみることができるだろう。「文系」を自認して、科学技術について正確な理解を心がけつつ簡潔に自身の心身の状況を記していこうとする姿勢には、率直に敬意を覚えた。
膵がんというきわめて困難な病と
...続きを読む向き合い、「集学的治療」という言葉を実感から意味づけ、再発後の抗がん剤治療体験から「生き切る援助」が不足する現状を描く筆致は、平明ながら鋭く、また重いものがある。キューブラー・ロスの「死の受容」モデルに疑問を呈しているところなど、ひじょうに勉強になった。安易に人を励まそうとしたり、逆に悲惨な状況を感情的に描いたりする、ある種の「説教臭さ」とは無縁であり、それゆえに訴求してくる力が強い一冊と感じる。
著者が年来追いかけていた遺伝子技術について、出生前診断とがん治療を重ねながら記そうとした部分は示唆的である。テクノロジーの進歩の両義性に言及しようとしていたのだろうか。もうその時間は残されていなかったのだろうが、より十全な展開がされていればと残念に思う。