「同人音楽」は、もっと研究されるべき。若手音楽学者による、現在進行形の音楽実践にかかる意欲的な論考。
鹿児島国際大学にて教鞭を取る音楽(社会)学者、井手口彰典氏の2作目の単著。著者は音楽系のオタク文化論等をテーマとする研究者。
前作『ネットワーク・ミュージッキング:「参照の時代」の音楽文化』
...続きを読むにおいて、音楽をめぐる流通、聴取行動の現在を取り上げる事を試みた著者が、今度は同人音楽なるものの本格的な論考に挑戦している。
同人音楽については、何となく、いわゆるオタク達が集うような同人誌を扱うショップで売られている自主制作CDである、とか、ニコニコ動画等の配信サービスでよく耳にする何か、初音ミク?、という程度の理解しかしていなかったが、うっすらとそれが大きなムーブメントに姿を変えつつある、そんな予感はしていた。
それらは一体どういうものなのか。そう思って本書を手にとった。
本書の構成は、同人音楽なるものについての紹介から始まり、学術的にこのテーマ取り扱うための地ならし作業など、同人音楽を直接のテーマとする第1部。同人音楽(もしくは音系)活動の歴史的背景を知る中心的人物の証言が紹介されるプロムナード。つづいて、「初音ミク」、『組曲『ニコニコ動画』台湾返礼』といった個別のトピック、さらに、アマチュア音楽についての論考を楽しむことが出来る第2部。そして終章では、同人音楽、ひいては同人音楽研究の可能性が考察され、著者が同人音楽研究の向こう側に見る新たな地平が読者に提示される。
新たな情報処理技術、インターネット環境、動画配信、SNS等の新たなサービスの普及により、もともとは同人音楽として始まったであろうこれらの音楽活動の広がりは、世代を超え、或いは国境を超え、同人音楽という括りそのものを自ら破壊しかねない勢いで、膨張を続けている。かかる現在進行形の事象を取り上げることそのものの困難性もあり、内容的には未だ発展途上と感じる箇所もあるが、少なくとも魅力的な試みであることだけは確かだ。
同人音楽的な文化に馴染みのある人々にとっては、自らが参加する音楽シーンの体系的、理論的な理解の一助として。同人文化そのものに馴染みのない諸兄にとっても、今後もさらなる拡大、変化を続けるであろう新たな音楽文化の動向をキャッチアップするための信頼できる基礎的な情報源として、活用が期待できる一冊である。