田中圭一× 『シドニアの騎士』弐瓶勉先生インタビュー

『シドニアの騎士』弐瓶先生インタビュー

「漫画家が命を込めた一コマ」にフォーカスした独占インタビュー企画「わが生涯に一片のコマあり」!第3回はアニメも話題沸騰の『シドニアの騎士』弐瓶勉先生!
[インタビュー公開日:2014/06/13]

今回のゲスト弐瓶勉 先生

弐瓶勉 先生

福島県出身。1995年に講談社のアフタヌーン四季賞で『BLAME!』が審査員特別賞を受賞。バンド・デシネを思わせる日本人離れした作風で描くハードSFを得意とする。代表作に『BLAME!』『BIOMEGA』などがある。
最新作『シドニアの騎士』はTVアニメ化され、現在MBS、TBSほか“アニメイズム”枠で放送中。20代を中心に高い評価を得ている。

今回の「一コマ」作品『シドニアの騎士』

『シドニアの騎士』

月刊『アフタヌーン』(講談社)で2009年より連載中のハードSF。
奇居子(ガウナ)と呼ばれる謎の生命体によって、太陽系が滅亡して1000年が経過した宇宙。地球を脱出した少数の人類は播種船と呼ばれる巨大な宇宙船シドニアで移住できる惑星を探していた。シドニアを防衛する人型兵器の操縦者・谷風長道は、仲間とともに奇居子(ガウナ)を撃退するため、名機「継衛」を駆る。

インタビュアー:田中圭一(たなかけいいち) 1962年5月4日生まれ。大阪府出身。血液型A型。
手塚治虫タッチのパロディー漫画『神罰』がヒット。著名作家の絵柄をまねたシモネタギャグを得意とする。また、デビュー当時からサラリーマンを兼業する「二足のわらじマンガ家」としても有名。現在は株式会社BookLiveに勤務。

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インタビューインデックス

  • ゼネコン業界から一転、マンガの世界へ
  • 『シドニアの騎士』に多くの影響を与えたSF作品たち
  • 描き上がった時に「成功したな」と感じた1枚
  • こだわり抜いたアニメ『シドニアの騎士』

ゼネコン業界から一転、マンガの世界へ

――漫画家を目指すきっかけは、なんだったのでしょう?

高校を出てゼネコンに就職しました。そこで2年ほど現場監督をやっていたんです。

――そりゃまた、漫画家とは真逆といっていいほど畑違いな職場ですね。

父親が大工だったので、勤める前からゼネコン業界を知っていましたし、高校時代から建設業界に入るつもりでいたんです。
その時は漫画家になるつもりなんて、まったくありませんでした。ところが2年ほど勤めてみて、自分は組織に向かないな…ということが分かってきたんですね。どちらかというと一人でやる仕事の方が向いている、そう思っていた頃にテレビで人気漫画家として鳥山明さん(※1)が取り上げられていました。その番組で鳥山さんは、ものすごく高額納税している、収入のほとんどが税金だとか、そういう話をしていたんです。それを聞いて「漫画家ってそんなに儲かるんだ。じゃあ、僕も…やってみよう!」と。

※1 鳥山明
1978年に『週刊少年ジャンプ』(集英社)にてデビュー。代表作の『ドラゴンボール』は全世界累計で2億3000万部を発行した。

――たしかに、人気漫画家の納税額を聞いて「じゃあ僕も」って思う人は世の中にたくさんいるでしょう。でも、本当にそうなれてしまう人ってのはごくわずかですよね。凄いじゃないですか!

でも、なかなか計画通りにはいかなかったんです。僕の描いた計画では、25歳にはほとんどを税金で持っていかれるくらいになろうと思っていたんですけれど、なかなか(笑)。

――それまで漫画家になる気は全然なかったんですよね?普通は、そんなすぐに思ったとおりにはならないですよ(笑)。そもそも「絵を描く」のは好きだったんですか?

まぁ。子供の頃から好きだったし得意だったんですけど、プロの漫画家になるために必要とされるレベルってのは、もっともっと高いわけで…。

――なるほど。最初は持ち込みですか?それとも投稿していたんですか?

投稿していました。当時はまだPCで描いてなくて、紙にペンで描いて出版社に送っていました。

――それまでは、マンガを描いた経験は?

それまではペンすら持ったことなかったです。つまり、ちゃんとマンガを描いたのは、ゼネコンを辞めて漫画家を目指そうと思った、そのころが初めてです。
最初は、ひたすら自分が描きたい物だけを描いていました。

――投稿を始めてから、デビューまでの経緯について教えてください。最初から月刊『アフタヌーン』一本だったんですか?

いやいや。そもそもアフタヌーンなんて雑誌を知らなかったし(笑)、少年ジャンプとかヤングマガジンとか、自分が読んでいてコンビニでも売っているようなメジャーな雑誌に投稿していたんですけど、カスリもしなかったですね(笑)。
…で、ある日知り合いの兄が漫画家のアシスタントをやっていると知らされ、その人に会って自分のマンガを見てもらったんですよ。その人に「僕のマンガ、どこに送ればいいですか?」って聞いたら、即答で「アフタヌーン!」って言われて、すぐ送ったんです。それまで1年間ほど、どこに送ってもまったく連絡が来なかったのが、アフタヌーンからはすぐに連絡が来て、その編集さんから「担当になりたい」と。

――おお!それはいい流れになってきましたね。それまで1年間ずっとダメで気持ちも落ちてたでしょうけれど、送ってすぐに返事が来て「担当に!」って言われると、イッキに気持ちが上がりますよね?

本当に嬉しかったです!

――ほどなくしてデビュー、そして連載を勝ち取るわけですよね?その頃からSF作品ばかりだったんですか?

はい。初代の担当が重度のSFマニアで、僕も大好きなので、打ち合わせの度にSFの話で盛り上がってすごくニッチな分野で作品作りを始めちゃって(笑)。最初の連載作品『BLAME!』(※2)では、1話まるまる台詞のない回とかがありました。まったく、売ろうという気が無いのか?みたいなマンガでしたね。今思うと何を考えていたのかと(笑)。

※2『BLAME!』
月刊『アフタヌーン』(講談社)にて1997年~2003年に連載された弐瓶勉のSFアクションマンガ。高度に発達したネット世界が「感染」により破綻し、そこにアクセスした人々に危険が迫っていた。探索者・霧亥(キリイ)は「統治局」への再アクセスを可能にするために「感染前」の「ネット端末遺伝子」を求める。

――でも、描きたいという気持ちこそが最大のモチベーションですものね。

そういう思いだけで書いていたんだと思います。

――自分の描きたいものを突き詰めていくんだという職人気質が、弐瓶さんにはあるんですね。

『シドニアの騎士』に多くの影響を与えたSF作品たち

――ご自身の作品について、影響を受けた作品を挙げるとしたら、なんでしょう?

多くの作品から影響を受けているので、1作品に絞れないですね。あえて挙げれば『AKIRA』(※3)と『風の谷のナウシカ』(※4)でしょうか。

――なるほど。どちらもSFといえばSFですよね。そして、どちらもアニメ化されている。『シドニアの騎士』の衛人(※5)にしても、日本のアニメの影響が色濃いですよね。それと、『AKIRA』も『風の谷のナウシカ』も世界観がしっかりしていて、その世界観に合った小道具しか出てこない、みたいな作品ですけれど、『シドニアの騎士』も同様に世界観がキッチリできている作品ですよね。弐瓶さんって「作品世界を作っていく」ということが好きな方なのかな?と思いましたけど、どうでしょう?

好きですね。その世界で共通に使われている「造語」とか使うのが大好きです。ただ、やりすぎると読者がついてこられなくなる危険があるので気をつけないと(笑)。

※3 『AKIRA』
週刊『ヤングマガジン』(講談社)にて1982年~1990年に連載された大友克洋による近未来SFマンガ。緻密な筆致と謎に満ちたストーリー、圧倒的な迫力のメカニック描写などで、世界的な大ヒットとなった。1988年にはアニメ化もされ、マンガとともに世界中のクリエイターに大きな影響を与えた。
※4 『風の谷のナウシカ』
『アニメージュ』(徳間書店)にて1982年~1994年に連載された宮崎駿によるファンタジーSFマンガ。文明崩壊後の人類が、巨大な蟲たちの住む世界で生きてゆく様を描いている。自然との共存をテーマとしつつも、主人公の少女ナウシカの凜々しさと優しさを魅力的に描き、多くのファンを魅了した。また、1984年には宮崎駿自身の監督でアニメ化され、日本を代表する作品となった。
※5 衛人
『シドニアの騎士』に登場する巨大人型兵器(ロボット)。パイロットが乗り込んで操縦する。シドニア防衛を目的として開発されたため宇宙空間での戦闘が可能で、奇居子(ガウナ)と戦える性能を持っている。

――そうですね。でも最初のガンダム(※6)って、劇中では誰ひとりとして「ロボット」という単語は使わずに「モビルスーツ」と呼んでいましたよね。あの世界では、巨大な人型兵器は「モビルスーツ」だと誰もが知っている、しかも、それを視聴者に解説するような台詞がない、それがクールだったんですよ。そのマインドって『シドニアの騎士』も引き継いでいますよね。作品の企画はどこから出てきたのでしょう?

『シドニアの騎士』の前の連載作品『BIOMEGA』(※7)をやっている時から「次回作はロボットものをやらせてほしい」と自分から担当さんに言ってました。

※6 最初のガンダム
1979年から名古屋テレビ系列で放送されたSFロボットアニメ「機動戦士ガンダム」。玩具メーカーが主体となった従来のヒロイックなロボットアニメとは一線を画す、SF色の濃いロボットアニメとして多くのファンを獲得した。ガンダムシリーズの最初の作品であり、一般的に「ファーストガンダム」と呼ばれている。
※7『BIOMEGA』
週刊『ヤングマガジン』(講談社)および『ウルトラジャンプ』(集英社)にて2004年~2009年に連載された弐瓶勉のSFマンガ。西暦3005年の未来、未知のウイルスによるバイオハザードで混乱する人工島を舞台に、工作員・庚造一と敵対する組織との戦いを描いたSFアクション巨編。

――ロボットものにしたかった理由はアニメの影響ですか?

いえ、とにかく「自分の好きな物を描きたい」という思いからですね。

――この企画は「最初にロボットありき」だったんですね?

はい。それも「人が中に乗って操縦するロボット」です。

――巨大な人工都市が宇宙を航海しているという設定は、どの時期にできたのでしょう?

それもロボットものでいくことが決まったのと同時期ですね。

――では、敵を謎の生命体にした理由は?

多くのロボットアニメって、人間対人間の戦い、つまり人間が操るロボット対ロボットですよね。僕はその設定が好きじゃないので、ロボットを未知の生物と戦わせたかったんです。同じ武器同士で戦うと読者にもその先が想像つくじゃないですか。武器のスペックがこのくらいだから、敵に与えるダメージがこのくらいとか。
ところが、未知の生物だとどんな反応が来るかわからない。そのドキドキ感が欲しかったんです。でも、そっちが嫌いって人も結構いるんですよね(笑)。

――ガンダム系のアニメなどもそうですが、そもそもロボット対ロボットって競技みたいなノリがありますよね。F1みたいな。

同じレギュレーションで戦うことの魅力ってのもあるのでしょうけれど、僕は敵が未知の存在だからこそ面白いと思う方なので。

――たしかに『シドニアの騎士』では、敵(奇居子)の目的が分からないという謎が読者にとってフックになっていますよね。

敵が何をしてくるか分からないという恐怖があるでしょう?

――その奇居子(ガウナ)のデザインはどこから発想したのでしょうか?

とにかく不快感。僕にとって「これが不快、これが気持ち悪い」というのを積み上げていった結果があのデザインです。とっても気持ち悪いデザインですけど、描いている時はなぜか気持ちいいんですよ(笑)。

――わかります!!どういうわけか快感なんですよね、クリーチャー系を描く時って!!奇居子(ガウナ)は1話目で人型が出た後、人型じゃないものも出てきますよね?あれはどことなく「トップをねらえ!!」(※8)の宇宙怪獣が元になったのかな?と思いましたけど。

確かに、それはあるかも。それと、触手系の奇居子(ガウナ)は「遊星からの物体X」(※9)かなぁ…。

――ああっ、なるほど!物体Xだ。

「エイリアン」(※10)は言うまでもないけれど、物体Xの衝撃は凄かったです。

――あの時代(1980年代)は、まだCGがほとんど使えない時代ですよね。なので、樹脂やら粘液やらで人間が溶けて怪物に変化する様を再現していたんですよね。あれはビックリしました。

「遊星からの物体X」のスタッフは、当時ヒットした、ギーガーの「エイリアン」からできるだけ遠ざけようとして、あのグチャグチャで触手だらけのデザインに行き着いたそうですよ。

――溶けた人間の頭がボトっと落ちて、そこからカニの足みたいなのが生えてその足で走る。しかも頭は上下さかさまのまま。要するにヤツら(物体Xの異星人)にしてみたら人間の頭の上下なんて関係ない、それを一瞬で分からせる演出、あれは衝撃でした。

あんなバケモノ、それまで見たことなかったです。

※8 「トップをねらえ!」
ガイナックスが1988年に製作したOVA(オリジナルビデオアニメーション)。宇宙に進出した人類が未知の宇宙怪獣と戦うために開発した兵器(バスターマシン)とそれを操縦する少女達を描いたSFアニメ。パロディー要素を多く盛り込みながらも本格的なSFマインドに溢れ、多くのファンを魅了した。原作・脚本を岡田斗司夫が、監督を庵野秀明が務めた。
※9 「遊星からの物体X」
1982年にアメリカで制作されたSFホラー映画。南極基地という閉鎖空間を舞台に、人間に憑依する謎のエイリアンと人類の死闘が繰り広げられる。人間から異形のエイリアンに変化する様を特撮で表現したシーンは、観客をはじめ多くのクリエイターに衝撃を与えた。
※10 「エイリアン」
1979年にアメリカで制作されたSFホラー映画。劇中の異星人(エイリアン)のデザインを前衛芸術家のH.R.ギーガーが担当し、今までのSF作品にはなかった緻密で不気味な異形の生物を作り出した。

――ところで、『シドニアの騎士』では、遠い未来なのに「和の風景」が多く出てきますよね。SF一辺倒ではなく、主人公たちが居酒屋で飲むシーンとか。この演出は意図的なものでしょうか?

そうですね。和の風景って、自分の親しんだ文化だから描きやすいというのが、まずあります。太陽系滅亡の1000年後でも、日本の民族がいる限りその文化は残っているはずだと思いますしね。それなのに、無理して他国の文化っぽく描くと、その国の人が見るとおかしな光景に見えてしまいます。

――アメリカ人の描くニンジャみたいな感じですよね?

そういうのを避けたかったんです。

――そういう演出も相まって、キャラクターが読者と同じ、等身大の生活をしていると感じられる点も、読者に評価されたのではないかと思います。

そうかもしれません。また、これは評価されている部分ではないのですが、主人公の谷風長道は淡々としたイメージがあって、感情と表情が乏しいと読者から言われています。これは、意図して感情の起伏を少なくし、作品にリアリティを出したいと思ったからなんです。

――確かに日本のロボットアニメでは、キャラクターの感情が昂ってコクピットの中で叫んだり、敵と通信で怒鳴りあったりって多いですものね。『シドニアの騎士』を読むと「ああ、普通に生きているとそんなに感情の起伏って激しくないものな」って改めて思います。

キャラクターたちに、大げさな決めゼリフとかを言わせたくないんですよ。例えば、銃を撃つシーンがあるとして、銃って実際はこっそり撃つものじゃないですか。叫ばなくてもボタン押すだけで、弾丸は出ますよね。そういう感じで、実際にあるようなテンションを心がけています。そういうリアリティを大事にしたいと思います。

――『シドニアの騎士』では、そういう点が見事に描かれているのが新鮮でした。

描き上がった時に「成功したな」と感じた1枚

――さて、今回の「一コマ」ですけれど、なんと今回は、作中のコマではなく「扉絵(連載マンガにおける号ごとの表紙の絵)」を選んでいただきました。
『シドニアの騎士』では、毎回の扉絵が「シドニア百景」というタイトルで、弐瓶さんは劇中の人工都市の色々な景色を描かれていますよね。今回選んでいただいた「シドニア百景」は?

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