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零細店舗あふれる江戸の町。外食屋七〇〇〇軒。一二六人あたり一軒の古道具屋。米屋は一日三〇名程度の来店客――。十数年しか続かず、血縁原理も働かなかった商家がほとんどだった花のお江戸の商人たちの選択のドラマとは? 狭くて人口密度が高く、売り手買い手ともに自由な一大消費都市江戸の商いのありようとは? 四〇〇〇軒の商家を徹底的に数値解析することで、従来の大商家「越後屋=三井」史観に決別する。(講談社選書メチエ)
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Posted by ブクログ
著者は日本史を専門とする研究者。現在、東京工業大学社会理工学研究科教授、という肩書きがまず目に留まる。 日本史と東工大? 社会理工学、って何だ? 異質なもの同士の出会いから、今まで見えなかった姿が見えてくる。歴史meets数量分析の1冊だ。 江戸の商人というとまずはなんと言っても三井(=越後屋)ら...続きを読むしい。老舗の大店だ。 江戸の商人像というのは、三井のイメージでできあがっている部分が多いという。なぜかといえば、三井家には、決算帳簿、為替のやりとり、給与明細など、まとまった形のきちんとした文書記録が残ってきているからだ。そして、ここがもう1つポイントだが、他に、同様なまとまった資料はほとんどない。つまりは、三井に突出して資料が多いばかりに、その部分だけ研究が進み、「木を見て森を見ず」になっているのではないかということだ。 三井は確かに、江戸の商人の1つであったには違いないが、全体を代表する存在であったのか? 三井の記録ばかり見て、江戸の商人の実像にどれだけ迫れるのか? そこが本書の出発点である。 さて、疑問はもっともだが、しかし、資料がなければ実態はわからない。ではどうするか。 数字から読み解いていくのである。 例えば、江戸の人口は奉行所の調査などから判明しているが、どの町にどのくらいの人が住んでいたかは不明である。著者はこれを、髪結の営業権総額(沽券金高)から推定していく。髪結の料金は江戸全域で統一価格であったという。料金も違わずということであれば、たいていの者は地元ですませるだろう。髪を頻繁に結う者とずぼら者の比率も地域でさほどは違うまい。そうであれば、営業権総額は人口に比例するのではないか。 ・・・はぁ、なるほど。 そうして、無味乾燥とも思える数値から徐々に江戸の町の息遣いが立ち上がっていく。 本論の江戸商人のデータ分析として、大きな資料となっているのは「江戸商家・商人名データ総覧」全7巻(田中康夫編・柊風舎)である。江戸の商人に関する名簿145種類を集め、名前・住所・業種・「株」(商売の権利)の移動を年次ごとにまとめたものだという。公の資料、民間で作成されたガイドブックのようなもの、「株」仲間が仲間内用に作った名簿など、種々の史料が含まれる。 この膨大な史料を、まずはデータベース化する。 この中から、同屋号で同一人物が続けているようである店が抽出できれば店の存続年数が見えてくるし、業種ごとの店の分布もわかり、「株」の増減により開業・廃業の動きなども見えてくるわけである。 データは宝の山なわけだが、そのままでは持ち腐れ。そこをいかに斬新な切り口で表化・グラフ化するかが腕の見せ所という印象だ。 本書では、さまざまな分析の結果、店を大きく3つに分類している。 米や炭など商品が重くてしかし日々必要なものは、必要に応じて少量ずつ近所の店に買いに出る。だから、つき米屋、炭屋などは、各町内に小規模の店が点々とある。数十軒のお得意さんがいれば、糊口を凌ぐことはできる。ある意味、誰でも参入しやすく、始めるも止めるも比較的気軽だ。こうしたものを代表とする、日用品を主に扱う地域の店を<全域型>と呼ぶ。 対して、化粧品や薬などのある意味、「よそいき」の商品を売る店は、日本橋あたりの繁華街にまとまる。買いに来る客も、あれこれと見比べられ、しかもこういった商品はコンパクトで持ち帰るのも簡単だ。看板商品があれば店はある程度、続くことになるだろう。これらはは<都心型>だ。 武士に支給された米を金に換える「札差」や使用人の斡旋をする「人宿」は、お得意さんである武家の近くに店を構えた。こうした特殊な職種は<特化型>だ。 実際のところ、とくに<全域型>の日用品を扱う店では、記録を後世に伝えうるような、大店の老舗はまずほとんどないといってよい。大部分の商人はその日暮らしの自転車操業で、参入しては数年で止め、を繰り返していたのではないかということが見えてくる。そのあたり、「宵越しの銭は持た」ずともやってこられた時代の「空気」なども影響しているのかもしれないが、それはまた本書とは別の話になるだろう。 他に、町奉行と勘定奉行、店売りと町売りなど、違う勢力同士の丁々発止のせめぎ合いも文書やデータからあぶり出されてくる。 時に相手の出方を探り、時に計算を働かせつつも、皆、それぞれの立場で、生き残ろうと必死に智恵を働かせていたのだ。 「甘いものはお嫌いでしょうが、この菓子はお気に召すかと(と小判を仕込んだ菓子折)」「ひーひっひ、越後屋、そちも悪よのぅ」「いえいえ、お代官様ほどでは」という時代劇おなじみのシーンは、まぁ、やっぱりフィクションなのだろうなと思う。 少なくとも大半の商人は賄賂を渡すほどの儲けはなくて、お代官様だってむしろ愚直に職務に精励されていたんだろう。 ドライな数値から江戸の人々の悲喜こもごもが見えてくるようでもある。 史料からの研究手法の1つを紹介するという意味でも興味深い1冊である。
大江戸商い白書 数量分析が解き明かす商人の真実 著者山室恭子 2015年7月10日発行 講談社 10月に読んだ本。 著者は東京工業大学大学院社会理工学研究科教授、日本史研究者。朝日新聞の別刷Beで月1ぐらいのペースで連載している記事の書籍版。毎回、数字史料を根拠に軽快な筆致で江戸の商売や暮らしぶ...続きを読むりを解説してくれている。読んでいて江戸の町並み、商店、人々の暮らしぶりが見事に浮かんでくるのが不思議。 江戸時代、商売をする場合は「株」と呼ばれる営業の権利を保有する必要があった。新規に発行されることは少なく、公儀が政策的になにかをするときぐらいなもの。あとは、現在出回っている「株」を何らかの形で入手するしかない。一番イメージしやすのが、親から子への相続や贈与である。ドラマを見ているとほとんどそんな風に描かれている。しかし、事実は違う。非血縁者に譲渡することが半数。つまり、半分は他人に株を売って商売をやめてしまうのである。それほど、江戸時代の商売は厳しいものがあり、能力のない子に継がせるなどとという安易なことは行われなかった訳である。
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