(抜粋)
オムレツは強い火でつくらなくてはならない。熱したバタにそそがれた卵は、強い火で底のほうからどんどん焼けてくる。それをフォークで手早く中央に向けて、前後左右にまぜ、やわらかい卵のヒダを作り、なま卵の色がなくなって全体がうすい黄色の半熟になったところで、片面をくるりとかえして、火を消し、余熱でもう一度ひっくり返して反面を焼いて形を整えたら出来上がる。
いやあ、朝ごはん食べたばっかりなのに、またお腹すいてきちゃったな。石井さんがパリに渡られた(1951年頃)ばかりのころ、下宿されていたアパートの白系ロシアの未亡人に作ってもらっていたオムレツは特別美味しかったらしい。
フランス人は卵は肝臓に悪いと決めているので、一週間に二度以上、卵料理は食べないのだそうだ。そのかわり、食べるときは出来るだけ美味しく料理する。上のアパートの家主の未亡人のオムレツにしても卵4個に対して、バターを56gほども入れていたそうだ。どんな料理にもフランス人はバターをよく使うらしい。そんなに贅沢に使ってたら、こっちじゃ業務スーパーで買って来たって2週間くらいで無くなるんじゃない(テキトー)(°_°)っていうくらい。
このエッセイ集はもともと1963年に暮らしの手帖社から出されたもの。石井さんは戦後早々にアメリカ留学、パリでシャンソン歌手としてデビューされ、世界各国の舞台で活躍され、帰国後は歌手、エッセイストとして活躍された。
食べることと料理が大好きだった石井さん。今では誰もが知っている、フランスのポトフやチーズフォンデュ、クレープ、スペインのパエリアなども「こんな料理があるのですよ」というふうに作り方と共に紹介されている。ちなみにポトフの作り方
(抜粋)
ずいの通ったすじ肉を買って、人参、キャベツ、玉ねぎ、セロリ、などの野菜を適度に切って入れ、塩で味をつけ、ぐつぐつ水を足しながら、2.3時間煮て、ブイヨンを作る。
(略)このブイヨンの中に肉のかたまり(ばら肉)をいれ、玉ねぎ、人参、ネギも形のまま入れて、ぐつぐつ2時間くらい煮る。はじめは強火で、煮立ったらとろ火にして、最後にあくをすくいだし、もう一度塩コショウで味付けして、熱いところを食卓にのせる。スープは少し濃いめが美味しい。肉や野菜の味はこくがないから、からしを付けて食べるほうが良いが、肉や野菜の上からスープをかけて食べても美味しい。
失礼しました(°_°)。「知っている」なんてウソでした。ポトフはスーパーでアルミパウチの容器に入った「ポトフスープ(ストレート)」と書いてあるのを買ってきて、野菜やベーコンやウインナーを入れて煮るものだと思ってました( ̄▽ ̄)。だいたい“ずいの通ったすじ肉“がどういうものなのかも分からない。ちなみに私は何でもかんでも火がすぐ通るように薄切りにして入れるので、ポトフなのかスープなのか区別のつかないものを作ってしまう。うちの家族はめんどくさがりの私の料理を食べるよりも、一食抜いて石井さんの本を読むほうがお腹も心も満たされるかもしれない。
パリのパン屋さんやお菓子についての記述も素敵だ。以下抜粋。
・パリではお菓子だけを売っている専門の店もあるが、たいていはパン屋とお菓子は兼業だ。
・朝食用のパンは、この(バゲット)の他に、バタをたっぷり入れてあげた三日月形のクロワッサン、それからちょっと甘いお菓子ふうのブリオッシュ、甘味のないラスク風のビスコットが売られている。
・一月に入ると菓子屋の店頭にはギャレットが並ぶ。なにも入っていない、丸い円形のパイで、いっしょに金色に塗った紙でできた王冠が売られている。
・四月一日のエイプリル・フールはフランスではプワソン・ド・アヴリルといい、どういうわけか、お魚の形をしたチョコレートが店頭に並ぶ。
・マルディ・グラと呼ばれる謝肉祭にはクレープを食べることになっているが、クレープはたいてい家庭で作るものなので、クレープを作る時、片手に金貨を握って、片手にフライパンを持ち、うまくクレープが空中で回転すれば、幸運が掴めると言われているという話だ。
ああ、フランス行きたいなあ。石井さんのパリ生活は60〜70年くらい前のことみたいなので、今のパリっ子にとっても知らない、古き良き時代なのかもしれないけれど。
石井さんはこの時代にアメリカ留学を経てパリでデビューしたほどの華麗なるご経歴で、画家の藤田嗣治氏や評論家の小林秀雄氏にも手料理を振舞ったとか、パリの料理学校で江上栄子氏と一緒に学ばれたとか、住む世界が違う方といえばそうなのだが、そんな世界のことを自分たちのものだけにせず、こうやってエッセイに書いて庶民や後の世代の人々の心を満たし、知識を与えて下さっている。若い頃、玉ねぎと間違ってスイセンの球根を刻んでオムレツに入れてしまい、家族を食中毒に合わせてしまったという、今となっては笑い話になるようなエピソードも石井さんの意外な側面が見えて楽しい。
それから、Wikiで調べたことだが、あのフランス童謡「クラリネットをこわしちゃった」の歌詞を邦訳された方だとは知らなかった。「オー、パンキャドパオ」は適当な擬音ではなく、フランス語のままなのだそうだ。