哲学・宗教・心理 - 粕谷甲一作品一覧

  • どん底こそ希望の起点
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    粕谷甲一神父の講話を集めた「キリスト教とは何か」シリーズの最終巻。話は、日本の転機を振り返り、そこから新しい世紀を迎えた日本の教会が未来へと向かう姿を描く。「アジアの宣教と幼き聖テレジア」、「傷ついた癒やし手」をタイトルにした話から、粕谷神父の思索を学ぼう。
  • 混迷の闇を越えて
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    粕谷甲一神父の講話を集めた「キリスト教とは何か」シリーズの第9弾。混迷する時代、心が砕け、人間関係がもつれ、悪霊が働いて悪霊が働いて熾烈な内戦が続き、毎日40代、50代の男性が死んでいく。いくら懸命に努力しても認めてもらえず、ひとりの世界に閉じこもり、人もうらやむエリートコースを卒業しても、対人関係が下手で何をやっても長続きしない。このような中で、どのように進んでいったらよいのか、このような人にどのようにことばをかけたらよいのか。粕谷神父の思索に学ぼう。
  • 新しい霊性を求めて
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    粕谷甲一神父の講話を集めた「キリスト教とは何か」シリーズの第8弾。カトリック教会の中では、「霊性」という言葉をよく使います。イエズス会の霊性とか、深い霊性とか、現代の霊性とかに使いますが、「霊性」とは何かと問われると、ひとことで答えるのはもったいないような、奥の深い内容を持っています。本書では、粕谷神父の講話の中から「霊性」について語っている内容を集めてみた。聖イグナチオが形作った「霊操」、ダライ・ラマ、マザー・テレサ、フランシスコ・ザビエル、聖霊体験などをとおして、新しい時代の「霊性」をさぐるとともに、司祭職についても考えます。
  • 殉教ところびを越えて
    4.0
    粕谷甲一神父の講話を集めた「キリスト教とは何か」シリーズの第7弾。2017年3月5日、キリシタン大名「ユスト高山右近」が福者の列に加えられる列福式が、右近ゆかりの地である大阪で盛大に行われた。同じ時期に、紙本として本書は刊行された。400年前の高山右近が、なぜ今、信仰の模範として教会から栄誉を受けたのだろうか。本書全体をとおして、その答えへと導いている。迫害と殉教―昔と今、殉教ところびを越えて、現代の殉教とルドビゴ茨木、遠藤周作の「沈黙」、マザー・テレサとの出会いなど、粕谷神父の深い祈りと洞察をとおして、現代社会の迫害、殉教の意味を考える。
  • 死を越えるもの
    4.0
    粕谷甲一神父の講話のシリーズ、第6弾。カトリック教会では、11月を「死者の月」とし、亡くなった方のために祈り、自分の死についても考え、よい死を迎えることができるよう祈る。今回の入口は、「死」について。いのちの始めも終わりも神秘である。今を生き生きと生きることこそ死を越えていくいのちとなる。しかしそれをも奪われたとき、何が残るのか……。いのちとは、生きる意味とは。その他、人生の最大のテーマである幸せ、キリスト教の真髄である三位一体の神、そして自己実現へとテーマは進んでいく。
  • ゆれ動く日本人の心
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    粕谷甲一神父の講話のシリーズ、第5弾。大江健三郎とキリスト教について触れたあと、日本中を震撼させたオウム真理教の事件、統一教会の世界へと入っていきます。若者、特にエリートはなぜオウム真理教に引きつけられたのか。復興、高度経済成長、バブル崩壊という戦後の日本社会の歩みの中に、イエスの姿を探します。
  • 神よ あなたも苦しまれるか
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    粕谷甲一神父の講話のシリーズ、第4弾。イエスの苦しみを黙想する四旬節にふさわしい内容です。わたしたちと同じように苦しまれた神の子であるイエスは、苦しむ人々のことを理解し、傍らに立ってなぐさめています。そこに神の愛があらわされています。わかりやすく神について教える粕谷神父のお話をとおして、神が招かれる苦しみの意味を深めてください。目次:神よ あなたも苦しまれるのか-神の愛し方の神秘/宴とささげ カーニバルの笑いと涙/かたすみの人、聖ヨセフ-教会の守護者、臨終の支え/試金石について-飛躍と転落のあいだ/ふっきれてつながること/忘れな草-キリストの思いとしるし/正しく生きれば幸せになるか-せみの願い。
  • 救われるのは誰か
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    粕谷甲一神父の講話からのシリーズ、2冊目のタイトルは「救われるのは誰か」です。ドイツの神学者カール・ラーナーに師事し、青年海外協力隊や海外で働いた経験から、日本での宣教活動への思いをつづっています。最初の講話は、国民的スター水戸黄門にまつわるお話から始まります。黄門さまが悪代官に向かって言う「おまえたちはお天とうさまが見ていたことを知らないのか」ということばから始まります。アッシジの聖フランシスコや、さだまさしさんの「風に立つライオン」などを取り上げながら、身近なことから、日本人が求めている宗教性の深い部分へと入っていきます。
  • 復活の秘義をめぐって
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    2011年に粕谷甲一神父が亡くなった後、神父の講話集が編集部に送られてきました。1991年から2008年までの150回にわたる講話からの、シリーズ1冊目。時代を象徴する出来事や社会状況、日本の慣習の中で感じることをとおして、その中に垣間見られるキリスト教の神秘が語られていました。ドイツの神学者カール・ラーナーに師事し、青年海外協力隊や海外で働いた経験から、難しいとされるラーナーの神学を日常生活の中に生かそうとし、また、キリスト教を知らない人が多い日本で、どのようにしてキリストを伝えるかを考えました。「結局キリスト教とは、生き方の中にある」と悟り、暮らしの中で感じる神の働きを伝えています。
  • どこでトランペットは鳴ったか
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    粕谷甲一神父の講話からのシリーズの3冊目です。静かな夜、集まっていた羊飼いたちに、ラッパが響いて天使の群れが現れ、「今夜救い主がお生まれになる」と告げます。「一人ひとりには生涯の支えとなるトランペットの響きがある」が今回のテーマです。「アリの街のマリア」と呼ばれた北原さんは、その生涯を貧しい人々のために尽くしました。アリの街がこれ以上存続できないというときに、神がかかわってくださいました。トランペットが鳴り響くときとは、どういうことなのか、粕谷神父のお話をお読みください。

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