哲学・宗教・心理 - 文化・民俗作品一覧
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4.0「ユダヤ教、キリスト教、イスラームの神は同じ」「戒律を重んじるユダヤ教とイスラームのコミュニティは驚くほど似ている」「千年以上にわたって中東ではユダヤ教、キリスト教がイスラームのルールに則って共存してきた」。なのに、どうして近現代史において衝突が絶えないのか?本書は、日本ではなじみが薄い一神教の基礎知識を思想家内田樹とイスラーム学者中田考がイスラームを主軸に解説。そして、イスラームと国民国家、アメリカ式のグローバリズムの間にある問題を浮き彫りにし、今後の展望を探る。【目次】序 レヴィナシアン・ウチダ、ムスリム中田先生に出会う 内田 樹/第一章 イスラームとは何か?/第二章 一神教の風土/第三章 世俗主義が生んだ怪物/第四章 混迷の中東世界をどう読むか/第五章 カワユイ(^◇^)カリフ道/補遺 中東情勢を理解するための現代史 中田 考/跋 未だ想像もできないものへの憧憬 中田 考
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-バビロン捕囚の苦難の中、世界に唯一の神を仮構したユダヤ教徒、律法主義を批判しながら福音書の権威に頼ったキリスト教徒、礼拝方向をエルサレムの方角からメッカの方角へと変更し、当初は益もあるとしていた酒の全面禁止へと転じたイスラーム教徒。中東発祥の同根の一神教でありながら、むしろ違いが強調され、広汎な共通点があまり注目されることのなかったユダヤ教、キリスト教、イスラーム。 崇拝の対象は唯一の神でなければならないにもかかわらず、なぜマリアは崇敬されるのか。なぜイスラームはその過激性が強調されるのか。 信仰の裏に潜む優れて人間的な情念を、聖典の成立からその解釈へと至る過程を比較することによって浮き彫りにした一神教の政治学。 目次 本書の目的 第一部 イスラームは特別なのか 第一章 イスラームはテロの温床なのか 第二章 イスラームは民主主義と相容れないのか 第三章 環境適応への営為として 第二部 人間行動としての一神教 第四章 一神教とはなにか 第五章 ユダヤ・キリスト教聖書からクルアーンへ 第六章 啓示内容の変化と状況対応 第七章 最後の一神教の行方 あとがき 主要参考文献 索引 注 立花亨(たちばな とおる) 拓殖大学政経学部教授・学部長。財団法人中東経済研究所研究主幹、財団法人日本エネルギー経済研究所中東研究センター研究理事等を経て現職。専門は微視政治学、比較宗教社会学。
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4.1平安時代の陰陽師・安倍晴明にまつわる伝説は尽きない。しかし、その大本である陰陽道について、現代人はどれほど知っているだろうか。中国伝来の道教(陰陽五行説)と日本固有の古神道が融合して、さらに密教や修験道もとり入れて日本独自の生成発展を遂げた陰陽道。千五百年にわたり、わが国の政治、宗教、文化に多大な影響をもたらしてきた。たとえば、十二支、十干(甲乙丙など)、鬼門、占い、御霊信仰をはじめ、天皇家のさまざまな行事の由来が、じつは陰陽道に基づいていることが多い。その技術や知識は、天文学、地理地勢学、暦学、栄養学など幅広い。また、近年の風水や占いブームとも密接に関わっている。なぜ、天災を予言できるというのか? 果たしてその実相は、科学か、オカルトか?本書では、まず、陰陽師の役割について説明し、聖典、聖地聖跡、祭儀、呪術、鑑定実践などの基本知識を解説する。陰陽道の原理をひもとく、はじめての入門書である。
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4.0法然、栄西、親鸞、道元、日蓮、一遍―彼らを開祖として鎌倉時代に相次いで勃興した新たな宗教運動は、日本思想史上の頂点をなすと広くみなされている。「鎌倉(新)仏教」と呼ばれるこの潮流は、民衆を救済対象に据えたという点において、とりわけ高く評価されてきた。だが、新仏教の意義は、はたしてこの民衆的性格に言い尽くされるのか? 本書では、旧仏教との異同を深く掘り下げて考察することで、鎌倉仏教の宗教的特質の核心をあざやかに浮き彫りにする。思想家である前につねに実践の人であった偉大な宗教者たちの苦悩と思索の足跡をたどり、中世仏教の生きた姿をとらえた好著。
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3.8今の世の中、狂っていると思うことはありませんか。世間の常識を信用したばかりに悔しい思いをすることもあるでしょう。そうです、今は社会のほうがちょっとおかしいのです。当代きっての仏教思想家である著者は、だからこそ「ただ狂え」、狂者の自覚をもって生きなさい、と言います。そうすれば、かえってまともになれるからです。人生に意味を求めず、現在の自分をしっかりと肯定し、自分を楽しく生きましょう。「狂い」と「遊び」、今を生きていくうえで必要な術はここにあるのです。【目次】I 「狂い」のすすめ/II 人生は無意味/III 人間は孤独/IV 「遊び」のすすめ/あとがき
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4.0荒々しい自然の力と共に生きる智恵を伝える神道と仏教。目に見えない放射能に、日本の伝統的信仰心はどう向き合うのか? 原発の脅威を宗教への問いとして受けとめ、震災からの復興の礎となる神仏の智恵を提言する。
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3.0古来から私たち日本人は、言葉や文字を初めとする多くの文化を中国から取り入れてきた。中でも儒学に代表される「中国の思想」は、現代の我々の生活や文化に深く根ざしており、その影響は無視できないものがある。例えば『論語』。私たち日本人は『論語』に少年の頃から慣れ親しんでおり、「人生を生きる上での座右の書」と言う人も少なくない。また王陽明の唱えた「陽明学」も日本に大きな影響を与えている思想の一つだ。吉田松陰や西郷隆盛など幕末志士の思想と行動は陽明学説に負うところも大きく、明治維新の成功は陽明学抜きでは語れないとも言われている。本書は、思想家50人の生涯を追いながら、それぞれの思想の誕生から発展・普及まで、その流れを読み解こうというもの。孔子、老子、孫文など誰でも知っている人から、屈原、王充、韓愈、厳復といったマイナーな人まですべてを網羅した、入門書として座右の書として納得の一冊。
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-ローマ帝国はなぜ滅んだか? ──ディオクレティアヌス帝からコンスタンティヌス帝にいたる4世紀初めの50年間が、古代ローマの歴史を決めた。栄光の異教的古代世界は衰退し、キリスト教中世への道が着々と準備される。「内的変質」をともなうドラスティックな変化、たった50年に凝縮されるこの変化に、いったいだれが気づいていたというのか。胸躍る文化史の金字塔、本邦初訳。
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3.5われわれの祖先の素朴な宗教的感覚は、仏教が輸入されてもなお生き続け、ついには仏教そのものを日本的なものへと変容させる根強さを持っていた。近代に入り、科学との出合いや共同体の崩壊を経ても、その感覚は人々の心から完全に消え去ることはなく、今日にいたっている。とりわけ「死」といった日常を超える問題に対する時には、この素朴な感覚が、当然のように顔を出す。本書では、民俗学・歴史学の手法により、日本人の伝統的な宗教意識の諸相を明らかにする。そしてそこを起点に、日本人を救う普遍的な宗教のあり方を探る。民俗学者と宗教家、二人の碩学の出逢いによって生まれた伝説の名著。
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-インド人神父が語る、老後を健やかに生きるための秘訣 平均寿命80歳時代を生きる私たちにとって、定年して会社を退いても人生はまだまだ続きます。そして、人間は歳とともに肉体的には衰えていきますが、最期の瞬間を迎えるまで、精神的には成長することができるのです。本書は、東京・四ツ谷駅近くの聖イグナチオ教会で司祭を務めてきた著者が、「第二の人生を前向きに生きるためにしておくべきこと」をテーマに、長年にわたって講演してきた内容を中心にまとめた一冊。老いを受け入れるための心構え、培ってきた経験を社会に還元していくことの大切さ、老けこまないでいつまでも健やかに生き続けるための秘訣など、限られた時間を存分に生き抜くためのヒントを、神父様がそっと教えてくれます。
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4.0移民、難民、驚異の人口増加率で2030年、22億人に なぜイスラーム教徒だけが増え続けるのか? 近代以降、世界は先進国のキリスト教文化圏の価値観で回ってきた。それが今、資本主義システムへの不信感と共に、根底から揺らいでいる。実際、ヨーロッパではクリスチャンの教会離れが深刻化し、キリスト教は衰退の兆しを見せている。そこに、ムスリムの人口増加、移民・難民流出問題が加わり、イスラームは相対的にその存在感を増している。テロや紛争、移民の労働問題に苦悩しつつも、先進国がイスラームに魅せられる理由は何か。比較宗教学の島田裕巳が、世界屈指のイスラーム学者かつムスリムの中田考と激論。日本人だけが知らないイスラームの真実と未来とは。 「Yes, イスラーム!」 世界はキリスト教の嘘と欺瞞に、もうウンザリ ■ 雪崩を打ったように欧州へ押しかけるシリア他からのムスリム移民・難民 ■ 移民に対して不満が募る一方で、ドイツ、イギリス、北欧では、教会税を払いたくないと教会を離れる人が続出 ■ イギリスでは、日曜日に教会へ通うキリスト教徒は1割以下に ■ 人手不足で、ムスリム移民労働者に頼りつつある欧米諸国 ■ ムスリムになるには「アッラー(神)以外のものに従わない」と誓うだけでいいという意外な手軽さ ■ イスラーム女性との結婚で、改宗・入信する男性が増加 ■ イスラームの魅力は、「合理的」「嘘がない」「上下関係がない」
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-東日本大震災から四年が経ち、依然として私たちにはさまざまな問題が突きつけられています。どこまでも自分の思いに立ち、自身を是としてしか世界を見ることができない私たちに、本書は『歎異抄』が示す視座にたち世界を見つめることが示されています。 著者は「自身に出会う場所が人生」と語ります。また『歎異抄』第十三章「さるべき業縁のもよおせば、いかなるふるまいもすべし」という人間の本質をあきらかにした言葉を引き、私の思いを超えた出来事を、本願に呼びかけられることにより、すべて私のこととして受け止め、自分自身に本当に出会っていくことが大切であると綴っています。 想定外な出来事にうろたえ、自分を自分として受け止めきることができない私たちだからこそ、ぜひ読みたい一冊です。
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3.5注意されただけなのに「許せない」と訴える若者、お客相手に逆切れするサービス業の店員など、自分の感情を傷つけた相手を許せずに攻撃する人間が増えている。だが、攻撃したところで気が晴れるわけではなく、ますます怒りが増幅したり、相手の反撃にあって不毛な争いが生じたり……。なぜ、大したことでもないのに相手の言動や態度が許せず、心の中にマイナスのエネルギーを溜め込んでしまうのか。ネット時代の心の交流の変化が、人の気持ちを読み解くことの経験を薄くし、「上から目線」になってしまうのか。今大切なのは、「許す心」を取り戻すことだ。日本本来の「許しの文化」について触れながら、現代の生きにくい状況を具体的に取り上げ、今こそ求められる人間関係を良くする対処法としての「許す技術」を説き明かす。
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-この電子ブックは「追悼吉本隆明 ミシェル・フーコーと『共同幻想論』」の電子書籍です。吉本隆明はかつてフランスの哲学者ミシェル・フーコーと対談した。そのとき、フランスにはなぜか隆明という名前を「りゅーめい」と音読みして、Ryumeiという名前で紹介されていることもあって、「よしもとたかあき」という名前が通じない可能性もあることが日本ではなかなかわかりにくかったのではないかとおもわれる。さらに、『共同幻想論』の書名が通訳ではillusion communeという翻訳ではなく、fantasme collectifという翻訳で伝わったために吉本隆明の主著の真意がフーコーに正しく伝わっていないのではないかと思われた。この本ではこうした誤解がどのように生じたかの原因を究明するために、『共同幻想論』のフランス語訳者である著者が書いた本です。 「消費資本主義の終焉から贈与価値論」と「吉本隆明『共同幻想論』を語る」の2つの対談は、それぞれ時期と対談者を異にしながら、吉本隆明が『共同幻想論』の現代的意味とミシェル・フーコーの仕事と人柄にかんして率直に語っています。 「『共同幻想論』のフランス語訳の完成にいたるまで」は著者の中田平が『共同幻想論』をフランス語に翻訳した経緯を書いています。 また書名になっている「ミシェル・フーコーと『共同幻想論』」は『共同幻想論』をフーコーの仕事の全体と比較しようとした論文です。 この本は、日本を代表する思想家吉本隆明がフーコーとの対談を契機にフランス思想界に知られるに至った経緯と、彼の主著『共同幻想論』を世界思想にもたらすことを願ってフランス語に翻訳した格闘の経過を世に問うものです。 また、この本はかつて光芒社から出版された「ミシェル・フーコーと『共同幻想論』の新装改訂版でもあります。【※本作品はブラウザビューアで閲覧すると表組みのレイアウトが崩れて表示されることがあります。予めご了承下さい。】
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3.8在日の立場から、長年、「日本」について鋭い批判と分析をつづけてきた姜尚中と、オーストラリア在住の国際的博奕打ちで作家の森巣博という、異色の対談が実現しました。テーマは1990年代以降、日本に吹き荒れている、ナショナリズムの嵐です。第一部で、日本型ナショナリズムの歴史を通観。第二部で、グローバル化によって変質する国民国家像と、国境なき後の世界の未来について、刺激的な意見交換を繰り広げます。国家とは何か、民族とは何か、故郷とは何か。本書は、ナショナリズムを理解し、何者をも抑圧しない生き方を模索するための入門書です。【目次】第一部 ナショナリズム・自由をめぐる対話――東大教授、豪州博奕打ちに会いに行く/序章 石原慎太郎の「中国人犯罪者民族的DNA」発言を容認してしまう空気は何か?/第一章 姜尚中教授の特別課外授業スタート! 講座名はズバリ、「日本ナショナリズム小史」/第二章 知られざる在日韓国・朝鮮人二世の青春――経済ナショナリズム体制下の、姜尚中の個人的体験/第二部 グローバリズム・故郷をめぐる対話――豪州博奕打ち、東大教授に会いに行く/第三章 知られざる和製イージー・ライダーの青春――グローバリズムの渚における、森巣博の個人的体験/第四章 民族概念をいかに克服するか/終章 無族協和を目指して/あとがき/人物・用語解説/推薦図書、厳選二十一冊!
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-たとえ自分が無宗教だとしても、海外で多くの人々と交流を深めていくには、それらの人々がどんな内容の宗教をもっているか、どのように神を感じているかについて一定の理解をもち、人々の信仰を尊重して付き合っていかなくてはなりません。本書の狙いは、まさしくそこにあります。本書の原稿は、拓殖大学国際学部の「民族と宗教」の講義をするにあたって作成した講義メモがもとになっています。実際の講義は、ややこしい問題にはあまり触れず、できるだけかみ砕いた形で行なっていますが、本書では講義よりもいくらか踏み込んで語る形をとってみました。世界の人々の多くが熱心に宗教を信じています。その熱心さはどこから来るものなのでしょうか。本書は世界の諸宗教を知るため、理解するための、そして敬意をもって信仰者と向き合うための書とお考えいただければ幸いです。(呉 善花/「はじめに――神の感じ方と日本人」より抜粋)
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4.4今も多くの日本人は自らの素晴らしさを知らず、「日本人である」ことに誇りを持てないでいる。それは、自国の真の歴史を知らないから、と著者は言う。神話時代から繋がる日本の歴史を繙くと、この穏やかな国土で、「和」を尊び、日本独自のしなやかな「勁さ」を育んできた先人たちの姿が見える。読むほどに、 「日本をもっと知りたい」という思いが沸いてくる。書き下ろしの名著! 神話の神々の大らかさ、縄文人たちの豊かな食生活、十七条憲法の持つ先進性、いまも世界から尊敬されている武士道の精神……。日本には先人たちが生み出し、育んだ「宝物」がたくさんある。「日本人」としての自信を取り戻し、思わず襟元を正したくなる1冊。親子で読み継ぐロングセラーを目指します。
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-人は死んだらどうなる? 生前に罪を犯した者は? 生まれ変わることはできる?こうした問いに、日本人なら誰でもイメージしてしまう死後の世界――“地獄と極楽”。その源流となったのが、比叡山の僧・源信が著し、末法思想に恐怖した平安の貴族社会を通じて“浄土信仰”を広めた『往生要集』である。そこには、死後に“転生”するという世界と、極楽浄土に行くための方法が詳しく書かれ、なかでも地獄のダイナミックで迫力ある描写で有名である。本書は、「酒を飲んだ者は煮えた銅を飲まされる:叫喚地獄」「六道とは?:永遠に6つの世界を巡る苦しみ」「戦い続ける鬼神の世界:修羅道」「私たちの暮らす人間世界の本質とは:人道」「念仏の利益:7種類の加護」「極楽にも待遇の差がある?」など、その壮大な生死流転の世界観を図解とともに解説。日本人に連綿と受け継がれた「死のガイドブック」から、より良き生とは何かを学ぶ。
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3.5地震、津波、噴火、洪水、寒波、干害、疫病……。日本は古来より「災害列島」と呼ばれるほどに、幾多の“天変地異”に見舞われてきた。しかし、日本人は自然を恨むことなく共生の道を探り続け、災害をばねにし、そのたびに大きな復興を遂げている。2011年3月の東日本大震災でも、冷静に対応する日本人の姿を世界中のメディアが驚きをもって賞賛した。本書は、縄文時代から現在まで、日本人が過去の巨大な災異をいかに乗り越えてきたかを、古代史を中心とした“信仰の歴史”から説き起こす。それは「人間が自然を征服できる」と考えた西欧の一神教とは対照的な、「自然には決して敵わないが、自然が荒れ狂えば荒れ狂うほど、人間に豊穣をもたらす力も大きくなる」と考えた逆説の信仰――。「白鳳大地震の恐怖」「9世紀に東北を襲った大津波」「天災と結びつけられた怨霊思想」「神とは大自然のこと」など、震災に負けない日本人のルーツが明らかに。
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3.7お稲荷さん、八幡さま、天神さま……。日本には太古の時代から、八百万神と呼ばれるほど、数多くの神様が存在する。商売繁盛や家内安全、あるいは豊作や縁結び等々、それらのご加護を授かるために神社を参拝するなど、神様は現代の日本人の生活に深く溶け込んでいる。とはいえ有名な神様でも、各々の神様がどのような個性や性格を備えているかまでご存じだろうか。そんな我々になじみ深い代表的な神様の起源や性格、さらにはご利益までを一挙に紹介したのが本書だ。例えば平安時代の文人で、非業の死を遂げた菅原道真公を祀る天神さまが、学問の神様として一般に広く浸透したのは江戸時代から。当時の寺子屋には必ず天神さまの尊像が掲げられ、毎月25日には近所の天神社にお参りに行くのが恒例だった。これが現在の受験合格のご利益信仰のはしりだという。お願いもその道の神様にしてこそ、初めてご利益が得られるというもの。日本の神様ガイドの決定版。
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3.0自分たちとは関係のない遠い国や地域の出来事だと思っていた民族や宗教をめぐる紛争が、アメリカの同時多発テロ事件以来、一気に切実で身近な問題となって迫ってきた。たとえ、その紛争が一国家内の諸民族・諸部族のいさかいや異なる宗派間の小競り合いにすぎないとしても、現代の世界情勢はその影響をストレートにこうむる仕組みになっているのである。その意味からいえば、わたしたちはもはや民族・宗教紛争を他人事として傍観しているわけにはいかない。現状を正確に把握しておくことが今後ますます求められるだろう。本書は、今世界中で起こっている民族や宗教をめぐる紛争を地域ごとにまとめたものである。たんに現状の分析にとどまることなく、きっかけとなった歴史的事情や社会的背景にも可能な限り紙面を割いている。「なぜ対立するのか」という素朴な疑問がすっきりと解消されるはずである。新聞やニュースを見るときの一助としていただきたい。
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4.3この度の大震災は、多くの日本人に自らを見つめ直す契機をもたらしたと思う。危機が、さまざまな立場の日本人の“地金”を炙り出した。私たちは高位高官の情けない言動を見せられた。と同時に、多くの無名の日本人の見事な振る舞いを知った。この震災で日本は物質的には多くの物を失い、「日本には何でもある」という状況ではなくなった。しかし、間違いなく「希望」はあるのだ。崖っぷちに立たされていても、そこから押し返していける力が日本にはあると私は信じている。人間は誰でも、あらかじめどんな時代の、どんな国の、どんな両親のもとに生まれてくるかを選べない。運命というものがある。その運命の中でいかに生きるか。台湾で日本人として生まれ、齢七十を超えて改めて日本人となった私――それをいかに受け止め、生きていくか。私は、凛として生きたいと思っている。(著者/「あとがきに代えて」より抜粋)
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3.319世紀半ばに至るまで、広大な教皇領の支配を通じて宗教的支配者としてのみならず、地上における君主としても絶大な権力を振るったヴァティカン。黎明期より多くの地域に特派員を派遣し、情報収集、編集して世界へ向けて再発信する国際的メディアという側面を持っていた。激動の転換期を幾度となく生き延びてきたヴァティカンの、メディア戦略を歴史軸で俯瞰し、宗教改革、対抗宗教改革における生き残り策に焦点を当て、いま日本が学ぶべきことを検証する。現世での支配権を失った後、文化的存在へと変容を遂げることで、普遍的地位を強固なものにした経緯について、多角的に考察を行う。