フェイクVSファクト、という対立構造で語られることが多くなったトランプ出現後の報道の世界。この対立は民主党VS共和党、とか左翼VS右翼、という旗色がはっきりわかるものではなく、どちらも相手をフェイクとデスっているところがややこしい。つまり、正しい、正しくないという議論では結論が出ない空しさを世界に定...続きを読む着させてしまっています。
各自が自分の信じたい「真実」だけを「真実」とし、それとは違う「真実」を「フェイク」と呼んで聞く耳を持たないどころか、徹底的に攻撃することが当たり前の時代、それを著者はTHE DEATH OF TRUTH「真実の終わり」と読んでいます。もちろんニュースを捏造するシステムや、それを拡散するシステムは明らかにされているのに、それでもその調査そのものをフェイクと呼ぶ人々の不信感が吹き荒れています。P52で引用される2016年共和党大会でCNNのキャスターがギングスリッジ元下院議長にアメリカが暴力と犯罪に悩まされているという統計をもとにしたインタビューをした際に、ギングスリッジが答えた「政治における候補者として、私は人々が感じていることに同調する。あなたは理論家たちに同意すればいい」という言葉の圧倒的平行線感、つまり論理的思考への拒絶感に恐ろしさを感じました。でもそれが、実はトランプや彼を支えるラストベルトの支持層(あるいはイギリスのBREIXTや、反EUを支持する層)が持ち込んだ物ではなく、そもそも、そのベースはフーコーやデリダやボードリヤールなどによるポストモダンの理論であることを指摘したのが本書の一番の衝撃でした。ポストモダニズムは、人間の知覚から独立して存在する客観的実在を否定し、認識が、階級、人種、ジェンダー等のプリズムによってフィルタリングされているとする理論。うわー、そうかも!ファクトVSフェイクはモダンVSポストモダンの悪夢のようなコピー?ポストモダンが多様性とか多元主義とかポリティカルコレクトネスを生み出して来たとなんとなく信じて来たのに、逆に、その視点が現在の反理性主義を育んでいるという矛盾。本書によって「真実の終わり」時代の理解は進みましたが、その時代を乗り越える、新しい知性への道は?そして「真実の終わり」時代を作っているSNSのこれからは?とりあえず、この本を薦めてくれた人と話たい、と思っています。