Posted by ブクログ
2022年02月27日
本の扉をめくると最初に出てくるのは、1945年の敗戦後のドイツの地図。ソ連の占領地域、アメリカの占領地域、イギリスの占領地域、フランスの占領地域に分けられている。第二次世界大戦中のナチスの行いについては歴史で学んだ。その後、ドイツが長らく西ドイツと東ドイツにベルリンの壁で分けられていたことも知って...続きを読むいる。でもその間にこんなにドイツ国土が継ぎ接ぎだらけの時があったなんて、この地図を見るまで想像していなかった。
この小説を読むとこの頃のドイツ住民の心もこんなに継ぎ接ぎだらけだったのだと感じる。痛々しい。
ヒトラーが台頭した時代、ユダヤ人が差別され虐殺された。だけど生きづらかっのはユダヤ人だけではない。ユダヤ人そっくりの顔をした、アーリア人。そんな人はアーリア人社会にもユダヤ人社会にも入れなかった。ジプシー系の民族もアーリア人ではないので虐待された。それから共産党員。彼らはナチスへの反逆者と見られただけでなく、後にスターリンからも裏切られた。
両親が共産党員だったことが原因で、両親を殺され、自分自身身を隠しながら妹のように可愛がっていた盲目のポーランド人の少女も亡くし、身寄りのなくなった17歳の少女アウグステは戦後の混乱の中で、アメリカ兵の集まる食堂で働きながら生きていた。
ある時彼女はソ連の基地な連れて行かれ、ドブリキンという大尉の元へ引きずり出された。理由は、クリストフというチェリストが不審な死を遂げたということで彼女に疑いがかけられたからだ。クリストフは戦前はアウグステのようなナチスから身を隠さなければならない子供を匿う慈善者であり、表向きの顔は、権力者の前でチェロを演奏する演奏家だった。
アウグステの殺人容疑は晴れたが、今度はエーリヒというクリストフの義理の甥を探し出せという命令がくだる。彼に殺人容疑がかかっているからと。大尉の要求には納得がいかないがアウグステには彼女なりのクリストフな会わなければという使命感があり、旅のお供にカフカという元ユダヤ人俳優の泥坊を連れていけと言われた。たった2日間であったが、焼け野原の凸凹道、鉄道が壊れていたり、アメリカ兵に捕まったり、ソ連兵に捕まったり、〈魔女〉のような少女の支配する地下組織に捕まりそうになったり、スリリングな旅であった。途中で、子供の窃盗団の少年二人も旅に加わってくれることになるが、彼らは自分で部品を集めて作った木炭自動車に乗せてくれたり、野営するときにカエルを料理してくれたり、たくましい少年たちだった。二人はジプシーの子供と性同一性障害をもつ少年。訳ありユダヤ人俳優のカフカにしろ、アウグステにしろ、みんな若いのにスネに傷を持っていた。だけどこんな四人が協力して旅を続ける姿は、ジブリ映画のようで頼もしかった。
深緑野分さんはすごい。若いのに、この時代のことをものすごく調べて、歴史小説のように読み応えがあるばかりでなく、前述のようにスリリングでキラキラした要素も盛り込ませている。
ミステリーの部分はもうあってもなくてもいいと思うくらい重厚なのに、最後にあっと言わせてくれる。
この小説はユダヤ人の皮を被ったアーリア人のように社会と人間の内面の複雑さからくる悲劇を描いているが、この小説自体も〈戦争〉の悲劇を描いた小説という皮を被りながら、実はもっと深くて複雑な人間の闇を描いている。それが最後に分かる。
だけどこの小説がそれでも一貫してどこか明るいのは、アウグステがいつも自らの命の危険を感じながらもユダヤ人や障害を持つ人など弱い人の味方でいた両親の教えを守って生きていたからであろう。そこに深いメッセージ性もある。