Posted by ブクログ
2016年04月13日
ポーランド人のブラッセは、ポーランド人の母とアーリア人の父の元に生まれポーランドで暮らしていた。ドイツ軍に捕まるがアーリア人の子どもであることから、自分はドイツ人であると宣誓すればドイツ人として生きていくこともできたが、祖国はポーランドであることを捨てず、アウシュビッツに収容される。しかし、写真の技...続きを読む術があることから、収容所の写真班として数人の仲間とSSの指示のもと、写真を撮る作業に従事することになる。
最初のころは、収容された政治犯たちの名簿作成(という名目)の写真を撮る。しかし、写真を撮られた収容者は、その後ガス室へ送られることが決まっていた。
収容所に収容者があふれ出すとともに、写真の対象は政治犯やユダヤ人たちからドイツ軍将校たちのポートレイトや、悪名高きメンゲレたちドイツ軍の医者たちの非人道的医学実験の記録写真の撮影へと変わっていく。
いつガス室へ送られるか、餓死するか、ぎりぎりの日々の中、生き延びるられることを望み、おのれの尊厳をいかに保つかを日々挑戦し続ける。
敗戦の色が濃くなる中、証拠となる写真の処分を命じられたブラッセは、最悪の事態を覚悟して写真を残す。しかし、自身の処分を覚悟で待った朝にドイツ軍の将校たちは現れなかった。ブラッセたちは、解放されたのだ。
自由の身となったブラッセは、収容所で、ほのかな思いを抱いたドイツ語の通訳に従事していた収容者のバシカを探し、決死の思いで持ち出したバシカのポートレイト写真を持って会いに行く。しかし、ブラッセの思いとは裏腹に、バシカは渡された写真を細かく破り捨ててしまう。
極限に追い込められた人々の想像を絶する体験は、どう読んでも辛くしんどい。こんな言葉で書くことすら、後ろめたさも感じてしまう。でも、読んでよかった。人間の尊厳は、自身で守るしかないのだ。それは、収容された側だけでなく、収容した側(ナチスやドイツ軍)にも言えることなのだ。
久々に、重いものを読んだと感じた。