Posted by ブクログ
2012年01月12日
伊集院静先生が作家になる前にすごし、女優の夏目雅子さんと愛を育んだといわれる『なぎさホテル』その七年弱の出来事が15章にわたって記されております。今まで断片的にか語られていないので、貴重な作品です。
伊集院静先生が作家になる前の7年間を過ごした「なぎさホテル」については断片的にエッセイか何かで出...続きを読むてくるだけで、単行本として出版されたのが今回が初めてのことで、伊集院静の小説やエッセイをを20歳くらいのころから読んできた自分としては何がなんでも読まなければならんなと手に入れて読んだしだいであります。
内容に関しては15章に分けてつづられていて、伊集院先生が大学を卒業して入社した広告代理店を一年半で首になり、最初の奥さんと二人の娘がいる家庭を崩壊させ、自身の生活や莫大な慰謝料を支払うために荒い仕事をやり、借りられるところからはすべて借金をしたというムチャクチャな状態で偶然知り合ったI支配人の経営する逗子の「なぎさホテル」に部屋を取るところから物語は始まります。
自身でも述懐しているのであまり重複は避けますが、身元のよくわからない人間を途中から宿泊料金を取らないで7年間もとまらせた支配人の懐の深さもさることながら、ホテルを支えるスタッフたちの人柄が伊集院先生の筆を通して理屈ぬきに自分の心に沁み入ってくるようで、今でこそ「大人の男の流儀とは?」と西原理恵子画伯に言わせると「自分ロンダリング」といわれるくらいに厳しい言葉をわれわれにおっしゃる前にこういう時期があったのかと、しみじみと思いました。
物語のほうで伊集院さんが故郷に弟の十三回忌で帰郷するときの描写は僕にとってのハイライトで、母親に
「今何の仕事をしているの?」
と聞かれ
「いろいろだよ」
と言葉を濁す伊集院先生。次の日には故郷を離れ、
『苦々しい思いだけが残った帰省だった。それは、私が二度と故郷に、あの家に帰ることができない確認をした帰省でもあった。―自分にはもう依るべき場所はない。私は電車の窓を流れる風景を見ながら思っていた。』
いう一文が僕の心をわしづかみにしました。
そして女優であるMさんと新しい生活を始めるためになぎさホテルを出る伊集院さんが
『私は自分がもう二度と、あのホテルに戻れないのだろう、と思った……。』
という一文の中に自分の中で何かが終わったんだろうなと、邪推してしまいました。それからまた二転三転と、伊集院先生の人生には波乱が待っているんですがそれに関しては『いねむり先生』や『乳房』を参考にされるといいと思います。これは、自分の人生の中で否応なく
『立ち止まらざるを得なかった』
時期がある人間には理屈ぬきで迫ってくる一冊だと思います。