ブックライブ書店員
自分の発言や意思に、どれくらい自分がいるだろうか。場所や環境、相手、それぞれが違えば、同じ意見にはならないのではないだろうか。
主人公の空子は、他者をトレースして自分の性格を作り上げていた。相手が望む発言や態度を瞬時に察し、それを吐き出すだけの人間になる。無味無臭な日々だが、彼女にとっては「一番楽なこと」が大事だった。家では父親と共に母親を都合よく使い、学校ではヒエラルキーの高い友人の傍に立ち、いじめに加担する。日常に潜む性犯罪者には“わきまえた女性”として振る舞い、やがて妻となれば「夫から見て使用価値のある女」として生きる。そんな彼女が行き着く先とは……。
文字を追うことで、ここまで傷つくことがあるだろうか。自分が環境に流されてしまっていることも、知らないふりをしていることも、日常で感じる絶望も、それらが思い出されては苦しくなった。空子が行き来する世界は、実際にこの社会に存在する“世界”だ。私たちはいつの間にか、同質の階層の中でしか人と関わらなくなり、この社会に“世界”を何個も作っている。そして、その“世界”は互いに無関心である。
本書は、ユートピアの先にあるディストピアを見届ける覚悟が必要だ。安心や幸福とされる暮らしと個を重視することの矛盾を、直視しなければならない。