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漁師・長尾と「愛人」の紗江の二人がたどりついたのは日本海。郷里ゆかりの地で漁師になった長尾。彼に伴われ移り住んだ紗江は「二号丸」と呼ばれ、地域のコミュニティから拒まれる一方、長尾の妻と電話を通じた不思議な交流を続けていたが――。 表題作ほか、プリンを巡る男たちの思いが熱い短篇3作と、大震災以降を生きる女性たちを描いた中篇「あの日以降」を収録した、色彩豊かな短篇集。 解説・東直子 ※この電子書籍は2013年12月に文藝春秋より刊行された単行本の文庫版を底本としています。
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Posted by ブクログ
森絵都さん、最近ご無沙汰だったけど、久しぶりに読んでやっぱりすごくいいなあと感じ入った。 読みやすい文体なのに、もやっとした感情が的確に言語化されていて、ほんとそうなのよ、とグッと引き込まれる瞬間が何度もある。 特に好きだったのは『あの日以降』『漁師の愛人』。 『あの日以降』は震災以降の話だけれど...続きを読む重くなりすぎず、震源地からは距離のある場所で「あの日」を迎えた自分としては共感しやすい温度感だった。 被災地にいなかったからこそ「幸せであったらいけない」と感じた人は多かったんじゃないだろうか。 『漁師の愛人』については、物語の大テーマではないものの 「良かろうが悪かろうが、彼女自身が望んだ人生ですもんね。それをね、不憫だ不憫だって、夫の酔狂につきあわされとる付属品みたいに決めつけられるのがストレスなんとちゃうんかなあ。」とか、 「人が少なければ少ないで、ほかの何かが空白を埋めるものなのだ」「都会ではいつも人に頼っていた。人のいない空白を人で埋めようとしていた。誰もがそうだった。コミュニケーションの希薄化だのと言うけれど、日進月歩のツールを駆使して、人々はますます人を求めているよう」とか、 ハッとさせられる文章がいくつもあった。 ラストも含め、酸いも甘いも少しずつ分かってきた大人になったからこそ胸打たれた短編。夫、妻、愛人の複雑な人間模様にいろいろ考えさせられる。
森絵都さんの短編ってセンスがあるなあ、といつも思います。普通の人なら見逃しそうな日常の中のさりげないシーンや、そんなことを思っていたことを忘れてしまうような感情も、切り取り方一つで小説のシーンにしてしまい、一つの短編に仕上げてしまう。そんな印象を抱くのです。 この短編集で取り上げられるプリンをめぐ...続きを読むる三つの短編。それは担任の先生との言い争いであったり、親子ゲンカであったり、喫茶店で売り切れていたりと、いずれも一見したところでは、特に小説になるような話ではなさそう。 でも森絵都さんの手にかかれば、それは短いながらも一つの物語に変身します。やっぱり森絵都さんの視点はすごい……。 いずれも心理描写が巧みで、まるでエッセイを読んでいるかのように、それぞれの言葉がスッと入ってきます。また当人はいたって真剣にやっているのに、第三者から見ると可笑しい、ということは日常生活でもあると思うのですが、その雰囲気がこの三編それぞれに出ています。 いずれの短編も真剣さに共感できるところと、可笑しいところがあってクスリとしてしまう箇所があるのです。身振りや表情も使えず、文字だけで人を笑わせるって難しいと思うのですが、森絵都さんの短編には、時々そうした笑いの要素が入ってくるのも、スゴいと思います。 特に給食のプリンが一つ足りない件で、先生と生徒が言い争う「少年とプリン」が良かった! 子どもなので上手く言葉が出てこない、であるとか、声変わりを気にしながら先生とケンカ腰に話すところとか、本当によく気を回して書けるなあ、と感心しきり。 それでいて大人の身勝手さやズルさをこのケンカから描き、痛快な結末まで用意されています。 給食でデザートが一個足りない、というのはあるあるネタだと思うのですが、そんなワンシーンをこんな短編に仕上げるのは、やっぱり森絵都さんの視点の細やかさとセンスがあると思うのです。 他に収録されているのは、3.11直後の女性たちのシェアハウスの生活を描いた「あの日以降」と、正式に離婚が成立していない恋人の漁師の地元に移り住んだ女性を描く表題作の「漁師の愛人」 「あの日以降」で妙にリアルさを感じたのは、震災後不倫相手への感情が冷めたという、主人公と同居する女性のエピソード。 なんでも余震のせいで「電車が止まるかもしれない」という理由で、会う回数が減ったそうなのですが……。いや、絶対これ実話だろ、と心中で思わずツッコみいれました(苦笑) こうしたことをはじめとした、短編のなかの物事のリアルさはもちろんなのですが、心理描写もやはりリアル。 3.11直後、日本中が覆われた暗い雰囲気と自粛ムード。東北の方が大変なのだから、自分たちは弱音を吐いてはいけない。そんな鬱々とした雰囲気を大げさにならず、あくまで東京に住む女性たちの等身大の姿としてリアルに描き、 中年ならではの思い切りの悪さというか、スパッと格好よく物事が決まらない、進まない、そんなカッコ悪さを描き、 それでも、カッコ悪さの中にも、きっとあるであろう人生の明るい転機や希望が描かれるのです。 等身大の震災文学と言えるような、味わい深い作品だと思います。 そして表題作「漁師の愛人」も味わい深いです。 正式な妻がいるのにも関わらず、相手の男の故郷に移り彼と一緒に住む女性。しかし故郷のコミュニティは、彼女に冷たい視線を向け…… 一歩間違えば、ものすごくドロドロしていて読んでいて疲れそうな話なのに、女性の追い込まれていく気持ちを描きつつも、彼女の回りの人間の不思議な魅力もあって、重くなりすぎずに読ませるのは、流石だと思います。 そして、この話も結末が鮮やか! ラスト一文を読んだときの爽快感は、なかなか言葉では言い表しがたい……。 何気ない関係性が誰かを救っていたり、一種の決意や覚悟、開き直りであったり、鬱々とした感情がそうしたものでスパッと断ち切れるような、そんな感じでしょうか。とにかく最後の一文が力強く、気分がスッとなりました。 森絵都さんの作品読んだのは久しぶりですが、改めて森絵都さんの視点や、シーンの切り取り方、そしてどこか暖かさを感じる雰囲気を堪能し尽くしました。森絵都さんのこういう短編は、毎日でも読めそうな気がするなあ。
劇的ななにかは無いけど、これからの人生へ進み出す決意を得て発進する人達の短編集だった。 プリン目線で語られている話が2、3個?あり不思議だった。 森絵都さんは、この世界のどこかで生きているような人のお話を書くのが上手いなと思った。
「少年とプリン」「ア・ラ・モード」が好みかな。あの日を境に様々な価値が変容したのは間違いないが、その後の自然災害、テロ、戦争などに心を痛めつつも、自身の倖せを考えてもいいのだと後押ししてくれる作品たち...。また、ふと手に取るのだろうな...。
(3.11によせて) 以前(割と最近であるが)、テレビでとある作家が言っていたのが、3.11の震災以後の時代を舞台とした物語が書けていないと。 この方だけでなく、おそらく数多くの作家(の作品や作風など)に何らかの形で影響を及ぼしていたのだろう。 そのことに、私は初めて気づいたように思う。 震災当時...続きを読む、私はまだ未熟な社会人だった。 デスクワーク中に大きな揺れがあって、古めの建物は崩れるのではないかと心配になるほど激しく揺れたが、同じフロアにいた社長は外に逃げる気配もないので、自分だけ逃げ出すわけにもいかず、逡巡しているうちに揺れはおさまり建物は崩れずに済んだ。 幸いなことに家には無事に帰れたし、水道やガスも問題なかった。 それよりも、慣れない社会やルールにもみくちゃにされ、神経は衰弱していたし、本を読む余裕もちっともなく、とにかく自分自身を保つことに精一杯だった。 そのため震災以後が文芸に与えていた影響について鈍いまま、考え及ぶこともなかった。 そしていま出会ったのがこの作品だ。 震災に心を痛め、震災以後の時代の作品を未だに書けない作家もいる中で、それでも書いた作品だと思うと胸が詰まる。 登場人物の苦悩は作者自身の苦悩であったのではないのか。 そしてそれはそのまま誰かの苦悩だったのではないのか。 みかづきなどの過去作のように、史実な社会背景とシンクロした描写が印象的な作者だから、震災以後という時代背景は無視できないものだったのかなと想像する。 ただ震災以後という背景だけでなく、作者の児童文学が大好きな私からすると、ヤングアダルトが主軸である短編にはワクワクして読んだし、登場人物が決断したとき目に映る描写のみずみずしさは、やっぱり森絵都さんだとふわっと嬉しい気持ちになった。
読んだあと、無性にプリンが食べたくなる一冊。 久々にプリンアラモードを食べに喫茶店へ行きました。
短編が3本と中編が2本の物語集。 3つの短編に共通しているのが、主人公を誰かが「君は」と呼ぶかたちで進んでいく小説で、その語り部の視点が誰なのか(あるいは誰でもないのか)分からないままであるところが、不思議さを醸し出していて面白い。 2本の中編の間に箸休めみたいな感覚で読めるところも良かった。 表...続きを読む題作は、タイトルそのままの物語。 東京で音楽プロデューサーをしていた長尾が、仕事を辞め郷里で漁師を始めた。長尾について行きそこで生活を始めた愛人の紗江だったが、その立場から田舎の狭いコミュニティからは明らかに拒絶されてしまう。 そんな中、長尾の妻である円香から定期的に電話が掛かってくるようになり、妻である円香と愛人である紗江が電話で普通に会話をするという、奇妙な関係が出来上がっていく。 愛人の立場の紗江は、不安はあるけれど全く未来が見えないわけではない、という状況。だけど地域で省かれて居心地は悪く、どこか呑気な長尾に苛立ちを覚えたりもする。 紗江を気にかけてくれる人も僅かながらいるけれど、何よりも彼女の支えになったのは、長尾の妻の円香との他愛のない会話だったのかもしれない。とても奇妙な現実だけど、常識を取っ払った時に見える関係はけっこう温かかったりもする。 真っ当とは言えないけれど、紗江のことも円香のことも憎めない感じがある。 もうひとつの中編「あの日以降」は、東日本大震災が軸になった物語。 はっきりと被災地とは言えない東京で同居する女3人が、震災によって考えを変えたり人生自体を変える決断をする。その途中の心の揺れがリアルに描かれている。 震災という大きすぎる出来事に心を揺さぶられた人が数多いたというのは恐らく事実で、この本が出版された頃はとくに、震災に何らかの意味付けをすることに意義を感じていた人が多かった時期なのかもしれない。 それはもしかしたら、被災して本当に辛い思いをした人たちではなくて、それを少しの距離感を持って見ることが出来ていた、ある意味幸福な人たちだったのかも。 ひとつの出来事が色んなかたちで色んな人に影響を与えるということ。後から考えてみれば自分の行動に理由を付けたかっただけなのかもしれないけれど、きっかけとしてはあまりにも大きい。 薄めの本ながらも、とても充実した内容だった。
60ページほどの短編2作とショート・ショート+αくらいの長さの3編からなる作品集です。短編のほうは震災後を舞台としたもので、こちらは文句なし。特にアラフォー女性3人が震災をきっかけに夫や恋人との距離を見つめ直していく姿を描いた「あの日以降」はなかなかの佳品だと思いました。表題作「漁師の愛人」も地方の...続きを読むある意味閉鎖的なコミュニティに正妻ではなく愛人という立場で関わらざるを得なくなった女性の心境がうまく描かれていると思います。 ショート・ショートの3編はいずれも少年が主人公のプリンをめぐるコミカルな話です。それなりに面白いのですが若干空回りしているような気も。 文庫版では解説を含めても200ページに届かない分量で、あっという間に読み終わり、正直もっと楽しみたかったというか、物足りない気持ちが残りました。確か次回作は長編のはずなので、そちらを待ちます。
ありふれているわけではない、それでも腹の底がじくじくするようなリアルさ。概ね読後感は悪くないけど、疲れてるときは読みたくない。
「少年とプリン」「老人とアイロン」「あの日以降」「ア・ラ・モード」「漁師の愛人」 このうち「少年とプリン」「老人とアイロン」「ア・ラ・モード」はプリンに対する男たちの偏愛が主要な題材になって居て何とも可笑しい。 「あの日以降」は大震災後にルームシェアするアラフォー女性を描いた佳作。 そして表題作「漁...続きを読む師の愛人」。実はこのタイトルから、あまり興味のないドロドロした恋愛ものがイメージされて購入をためらったのです。でも違いました。 会社に首を切られ漁師に転職した男と離婚しない妻、そして漁師町で同棲する愛人。でもドロドロじゃなくて何やら乾いた感じの三者の関係と、閉鎖的な漁師町の女性陣との戦いがなかなか見事です。
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