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早く父を失ったジェロームは少年時代から夏を叔父のもとで過すが、そこで従姉のアリサを知り密かな愛を覚える。しかし、母親の不倫等の不幸な環境のために天上の愛を求めて生きるアリサは、ジェロームへの思慕を断ち切れず彼を愛しながらも、地上的な愛を拒み人知れず死んでゆく。残された日記には、彼を思う気持ちと“狭き門”を通って神へ進む戦いとの苦悩が記されていた……。
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Posted by ブクログ
中学生の時に読んで以来の再読。私の恋愛観を決定づけた本。母親のことや前半の妹のエピソードなど家庭環境のことは全く覚えてなかった。延々恋愛と宗教とジェロームを理想化して悩む話だと思ってた。背景がなければそういう考えには至らないわけで、中学生の時の読書力の弱さだったのか。加えて宗教面の理解はできてなかっ...続きを読むたと思う。それでもこのアリサのジェロームを思うが故に追求しようとする純粋な愛の形ー狭き門をくぐることーが私に与えている影響は未だに大きいと思う。それが故に恋愛に失敗してきてもいるけど。
“力を尽くして狭き門より入れ” 愛とは何か、を深く考察させられた作品でした。 ただ、肉体は決して交わらないが、互いを常に思い合うプラトニックな愛で、狭き門へと入ることを試みたアリサとジェロームは一体真実の愛、そして幸福を手に入れられたのでしょうか。 実際に読んで考えてみて、答えは否だと思います。 一...続きを読む方、好きではない人と結婚致しましたが、子を作り、実世界を真剣に生きているアリサの妹ジュリエットは非常に魅力的で幸福に暮らしています。 この作品の主題に対極的に書かれていると考える、D・H・ローレンスのチャタレイ夫人の恋人では、むしろ肉体的な愛を称揚されておりますが、それは事実、生物として生きている人間には必要不可欠な愛の形であると考えるのです。
ジッドの生育歴や人柄とよく重ねられて作品が語られるが、ちっともそんなものとは関係なく、彼一人が考え、向き合ったものが言葉として語りだされている。 作品の発表にとても年月を要するのも十分納得できる。真実を書くということは、生半可な覚悟ではできない。言葉では真理を捉えきることができないから。 これほど、...続きを読むキリストの言葉をその教義を超えてそのまま受け取れているひとのように感じる。彼は決してキリストの教えを捨てていない。真理は捨てることなどできない。 愛とは、すべての人を自分と同じように愛せなければ、それはほんとうの愛ではない。相手を堕落させるものなら、それは愛ではない。そこへの門は誰に対しても開かれているが、全てのひとが入れるわけではない。まさしく狭き門。 アリサは善く生きるために、大切な人を徳へと導くために、自ら行動で示し、そして役目を終えて消えていった。彼女がそう決めて、つらくとも実践に移したその時から、彼女の愛はすでにそこに実現している。魂は彼の心の中で生き続けている。善き精神に導けるのは、ひとへに善き精神の働きの他の何ものでもない。 一時の肉体の愛に溺れてしまえば楽になれる。それでも最後までほんとうの愛の追求し続けた力強さを、彼女に与えたジッドの、深い愛とやさしさを感じる。
青春のすべてを、愛を、犠牲にしてまで仰ぐべき信仰がわたしには理解できないし、アリサの禁欲的すぎる短い生涯を切なく思う。これを純愛と呼ぶべきなのかもわからない。ただただ、切なさと悲哀が残るストーリー。 それでいてこんなにも惹きこまれるのは作者の筆圧のせいなのかな。 なんども読み返してなんども切なくなり...続きを読む得る作品。
狭き門より入れ 信仰と愛はよく似ているが、過ぎた信仰は破滅を導く。のかな。 信仰を理由に愛を拒むアリサの行為は、なんだか試し行為のような気がして。 本当のところでジェロームを信じることが怖かったのかななんて。それが幼年期の母親の不倫というトラウマティックエピソードに基づくものだとしても。 愛と...続きを読むは身近な人の中に神を見出すことであって、神に身近な人を通して愛を向けることではないと思うの私は。
読みはじめたばかり。ジッドの他の作品の書籍が見つけられずにこれを読んでいる。 味わって読みたい、早く読み終わってしまいたくない本というものがあるけど、これもその1つ。 ジッドはサガンから知った。 ある人が、この狭き門は若きウェルテルの悩みのような若い人の興味を引くというようなことを書いていて、確...続きを読むかにそうなのかもしれないと思う。しかし、ところどころというより根底に流れる人への寛容さというようなものや、徳とでも言うものが、人生をある程度経験した今だから感じられると思う。
「これ神は我らの為に勝りたるものを備へ給ひし故に、彼らも我らと偕ならざれば、全うせらるる事なきなり。」 (ヘブル書11:40) この聖句は、比類ない「青春の書」、ジッドの『狭き門』において、アリサが従弟ジェロームに残して去った、最後の言葉である。この...続きを読む書を読まれた読者諸氏は多かろうが、ここでの恋愛経過は19世紀的どころか、現実に存在し得ない類のものである。悲劇的な結末を迎えるが、これは実に読者を陶酔させ、恍惚境へと誘い入れる。 女主人公アリサがここでは聖女のごとく、あまりにも美しく描かれている。この小説の主人公であり物語の語り手でもあるジェロームはかれらの愛を、そこを通って成就する苦難の「狭き門」と定め、アリサと結婚するためにと、自分を試練にかけ、自分を彼女にふさわしい「徳」の高い人物となる様にピューリタン的な努力を始める。がしかしそのことがかえって彼女を天上の神の世界へと向かわせる苦悩の要因になっていることに彼は気づかない。その結果、ジェロームが結婚の話を持ち出すたびに彼女はそれを打ち消し、彼女の内心の彼への強い愛にもかかわらず、ジェロームを否みつつ自らは不毛の死をとげる。 ここで見逃してはならないひとつの事件がある。実はアリサは、彼女の妹ジュリエットとジェロームとの会話を聞くとはなしに聞いてしまい、ジュリエットがひそかにジェロームを愛していることに気づく。それ以後、アリサは身をひいて自分の愛を妹に譲ろうとする。この自己犠牲的な愛もこの小説に異様な悲劇的雰囲気を醸している。 わたしがこの小説を読んだのは19歳の感受性の強い思春期であった。それがためこの書のあまりの美しさに我を忘れ感動の渦へと巻き込まれた。というのも当時のわたしの恋愛観がまだ未熟で、この恋愛悲劇を肯定的に受け止めてしまったからである。それはともかく、この小説がわたしの精神形成に与えた影響は計り知れないものがある。 ところで、この聖句であるが、アリサ自身、「はっきりその意味がわからない」と述べている様に、なぜここにこの聖句が引用されたかは作者ジッド以外、謎である。ジッドはここ以外にも、ところどころ新約聖書からの引用があるが、その解釈が自由すぎるという批判もある。ともあれ、アリサはジェロームとの最後の逢瀬で、ジェロームを突き放し、はらはらと涙を流し、「勝りたるもの」を繰り返しながら、闇夜に姿を消してゆく。 尋常ならざるストーリーだが風紀紊乱が叫ばれて久しい現代社会への強固な反定立として読みつがれるべき名作ではなかろうか。
初読のジッドの本。 物語は、「狭き門」を単身くぐり抜けようともがく女性の苦悶が描かれていて、読んで、息苦しい印象を持った。 女性がこういう悲運に陥るというのは、めずらしいように思われた。また、物語を通して作者の影がうっすらとも見えないところに、その技術の高さがうかがわれた。 全体の雰囲気が薄...続きを読む暗く、話が淡々と進むので、万人にはおすすめ出来ない作品でしょうが、読まずに済ますにはもったいないくらいの痛切なメッセージが、この中に込められているかと思います。ノーベル文学賞を受けた作家の作品なので、読んでおいて損はないでしょう。 ぜひご一読を!
神への愛と人への愛、果たして人は二つの愛を持って天国の狭き門をくぐることはできるのか? 敬虔過ぎる二つの信仰心が織りなす恋の物語、ガラスのような繊細さが素敵です。 キリスト教信仰は馴染みの薄い文化でしたが、大人の入り口で戸惑う女の子の生真面目な純潔と恋への憧れに置き換えて読んでましたvv
2015.1.21 崇高な宗教観から理解を超える箇所が何度もあったが、尊い愛の話。アリサの日記を読みつつ、互いの互いを思う気持ちとそのすれ違いに涙しそうになった。愛とは何か、幸福とは何か、現代のしかも日本に生きる特定の宗教を持たない僕が読んでも考えさせられた。
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