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日本が大戦へと向かう中、頭脳で世界と渡り合い、闘った外交官たちがいた。彼らはそのとき一体何を見、何を試み、日本をどんな未来へ導こうとしたのか? 外務省に眠る4万冊の資料から、その足跡をあぶり出す。
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Posted by ブクログ
佐道明広『人物で読む近代日本外交史』では、1930年代まで外交は外務大臣が主役だったが、それ以降は首相が主役となった、という観点。 戦前、エチオピアと日本は友好関係にあった。 杉原千畝は6000人を救ったが、今ではその子子孫孫が20万人になるという。
外交官の斎藤博,杉村陽太郎,来栖三郎,杉原千畝の業績を細かに分析した本だが,著者が述懐しているように前の3名は知らなかった.しかし,それぞれの時代で重要な仕事をこなしてきたことはよく理解できた.特に杉原が独ソの関係を分析して,ドイツの危うさを本国に伝えていたにも関わらず,的確な判断ができなかった当時...続きを読むの日本政府がもどかしい.満州の問題が大きくて,ヨーロッパの情勢の比重が小さかったのかなと思った.
日本が対中戦争、そして太平洋戦争へと進んでいく中、その戦争を避けようと懸命に努力した外交官たちがいた。 命のビザで有名な、杉原千畝はドイツのソ連侵攻の情報を命がけで入手した。 日米衝突を避けるために、独断でラジオ放送を行った斎藤博。駐ドイツ大使として、日独伊三国同盟に反対し続けた来栖三郎。ムッソリ...続きを読むーニと渡り合った杉村陽太郎。 新興国日本が、列強のなかに入っていくことによって、軋轢を生じ、結果として戦争に突入していく時代、しかし、大本営の号令一下、一億総火の玉、一億総活躍になるだけではなく、外交努力を続けた外交官たちのことも記憶しておきたい。
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戦争と諜報外交 杉原千畝たちの時代
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