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Posted by ブクログ
1 河内源氏の成立
2 東国と奥羽の兵乱
3 八幡太郎の光と影
4 河内現時の没落
5 父子相克-保元の乱の悲劇
6 河内源氏の壊滅-平治の乱の敗北
むすび 頼朝の挙兵
痛快な通史である。
10世紀なかばの承平・天慶の乱からはじまり、治承・寿永の争乱の幕開けとなる頼朝挙兵に終わる河内源氏の栄枯盛衰の物語が本書である。
中世の武士ほど、中等教育までの教科書と歴史学研究の乖離がはなはだしいものは少ないのではないか。武士とは貴族である、と本書は至るところで主張する。それすらも乖離のごく一例である。詳細はぜひ手にとって読んでいただきたい。
本書を読めば、評者をはじめとする素人が、いかに通説的理解に染まっているのかがよく分かる。
本書でもたびたび引用される『愚管抄』に、保元の乱以降は「武者ノ世」だという有名な一説がある。恥ずかしながら『愚管抄』も『吾妻鏡』も読んだことがない。しかし、高校の日本史の授業や大河ドラマなどを通じて、鎌倉時代になってから記された古典を源流にした「源平観」や「誇張された武士像」に多かれ少なかれ影響を受けている。
そのすり込まれた武士像を、厳密な史料批判によって再構築・再解釈していくのが本書の最大の魅力である。
とにかく饒舌に時代背景を説き、人脈の広がりを示し、舌鋒鋭く通説(とくに東大の先生の)を斬って捨てる。とにかく早口でまくし立て、ノートが追いつかないほどのスピードで黒板に書きまくる元木先生の講義そのものである。
一読すれば、普段この時代に興味関心の無い評者のような人間に対しても、好奇心をかき立て、歴史書を手にとってみようと気にさせるという点で、歴史学の新書として期待される最大の役割を果たしていると言えるだろう。
Posted by ブクログ
河内源氏の祖頼信から、鎌倉幕府を開く頼朝の父である義朝までの河内源氏に関する通史。従来の研究では、平氏政権を打倒した源頼朝と東国武士との結びつきから遡行して源頼義・源義家との東国武士の絆が強調する「武家棟梁論」が支持されてきたが、その「武家棟梁論」に対する批判について多く書かれている。
「武家棟梁論」とは、広汎な東国武士を組織した河内源氏の武将は、多くの地方武士を組織する武家棟梁となり、その発展によって鎌倉幕府が樹立されるストーリーだが、前九年合戦では東国武士の参戦はわずかに過ぎず、安倍氏に惨敗する程度の武力しかなかったこと、出羽からの清原武則の支援でようやく勝利できたことなど、東国武士の組織化で勝利など行われていないようだ。筆者によると、武家棟梁論の最大の根拠は、『陸奥話記』と『吾妻鏡』であるが、『陸奥話記』は文学的修辞が多く、単純に事実とはみなしがたい。また、『吾妻鏡』が頼義をことさら取り上げるのは、平直方の子孫北条時政の女婿として鎌倉幕府を開いた頼朝と平直方の女婿の頼義の共通性を強調する作為がある。つまり、単に『吾妻鏡』によって、頼朝と東国武士の結びつきが過去に遡行されて、頼義と東国武士との結びつきが捏造されているに過ぎないとしている。
また、後三年合戦において、源義家に恩賞がなかったのは、義家の強大化を恐れた貴族の抑圧があったという説があるが、これを停戦命令無視の私戦であるので、当たり前のことであるとバッサリ。また、後三年合戦は清原氏一族の内紛であり、統率した武力の多くは清原氏一門に過ぎず、多数の東国武士の参戦を規定するのは困難であるとしている。
他にも為義と摂関家の関係、藤原信頼と主従関係を結んでいたゆえに、平治の乱で信頼と「心中」せざるを得なかった義朝などが書かれていて面白かった。
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