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Posted by ブクログ
『私は目下上京中で、銀座裏の宿舎でこの原稿を書きはじめる数時間前は、銀座のルパンという酒場で太宰治、坂口安吾の二人と酒を飲んでいた――というより、太宰治はビールを飲み、坂口安吾はウイスキーを飲み、私は今夜この原稿のために徹夜のカンヅメになるので、珈琲を飲んでいた。話がたまたま某というハイカラな小説家のことに及び、彼は小説は女を口説くための道具にしているが、あいつはばかだよと坂口安吾が言うと、太宰治はわれわれの小説は女を口説く道具にしたくっても出来ないじゃないか、われわれのような小説を書いていると、女が気味悪がって、口説いてもシュッパイするのは当り前だよ、と津軽言葉で言った。私はことごとく同感で、それより少し前、雨の中をルパンへ急ぐ途中で、織田君、おめえ寂しいだろう、批評家にあんなにやっつけられ通しじゃかなわないだろうと、太宰治が言った時、いや太宰さん、お言葉はありがたいが、心配しないで下さい、僕は美男子だからやっつけられるんです、僕がこんなにいい男前でなかったら、批評家もほめてくれますよと答えたくらい、容貌に自信があり、林芙美子さんも私の小説から想像していた以上の、清潔な若さと近代性を認めてくれたのであるが、それにもかかわらず女にかけての成功率が殆んどゼロにひとしいのは、実は私の小説のせいである。同じ商売の林芙美子さんですら五尺八寸のヒョロ長い私に会うまでは、五尺そこそこのチンチクリンの前垂を掛けた番頭姿を想像していたくらいだから、読者は私の小説を読んで、どんなけがらわしい私を想像していたか、知れたものではない。バイキンのようにけがらわしい男だと思われても、所詮致し方はないが、しかし、せめてあんまり醜怪な容貌だとは思われたくない。私は一昨日「エロチシズムと文学」という題で朝っぱらから放送したが、その時私を紹介したアナウンサーは妙齢の乙女で、「只今よりエロチ……」と言いかけて私を見ると、耳の附根まで赧くなった。私は十五分の予定だったその放送を十分で終ってしまったが、端折った残りの五分間で、「皆さん、僕はあんな小説を書いておりますが、僕はあんな男ではありません」と絶叫して、そして「あんな」とは一体いかなることであるかと説明して、もはや「あんな」の意味が判った以上、「あんな」男と思われても構わないが、しかし、私は小説の中で嘘ばっかし書いているから、だまされぬ用心が肝腎であると、言うつもりだった。しかし、それを言えば、女というものは嘘つきが大きらいであるから、ますます失敗であろう。』――「可能性の文学」(太字は引用者)
うひひ。腹イテー。ここんとこ、めっさ笑いました。
…って、「可能性の文学」の主題はもちろん「オレ男前」なところにあるわけではなく、文学は人間の可能性を描くべきだ、ということがテーマになっていて、そして、そのことにより、日本の「可能性を全然描こうとしない、私小説たち」を、つまり、志賀直哉を頂点とする日本の文壇を批判している。織田作之助はこの「可能性の文学」を提唱した一月後に急逝していて、だから作者の書こうとしていた「可能性の文学(可能性をこそ描こうとする文学)」がついに陽の目を見なかったことがとても残念でならない。
オダサクは自分の書くものなんてどれも嘘で、みんなでっちあげだということを強調していて、実際そうなんだろうなと思っていたんだけど、伝記によると、実はどれも ―自分の身に起きたことではないとはいえ― 本当のことだったという事実を知り、また驚いたわけです。
彼が「可能性の文学」を記したのは太宰治が「如是我聞」で志賀直哉をクソミソにこきおろす1年半前。当時、文壇の頂点に君臨していた、いわば日本文壇における神だった志賀直哉を批判するということは、ものすごく衝撃的なことだったらしいです。
Posted by ブクログ
以前追突事故に巻き込まれた時のこと、修理中の代車にはラジオしか付いておらず、そこから聞こえて来たのが収録されている『放浪』の朗読でした。
作品から漂う当時の大阪の下町の雰囲気に魅了され本を購入。
学生生活(2回目)を過ごした大阪の下町の大正~昭和の風情の描写が秀逸で、小説の登場人物の放浪に合わせて馴染みの地名が登場する度に郷愁をかき立てられるのでありました。
表題の『夫婦善哉』では維康が天牛書店に通うシーンが出てきますが、
この天牛書店は下宿先から徒歩1分と、僕が学生時代(1回目)に大変お世話になった本屋です。(店は移転していますが)
最近読んでる本にも、ここで買った本が多いです。
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