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Posted by ブクログ
坂口安吾は天才だという。そうかもしれない。この文章は誰のものでもなく、独特のものがある、と昔感じたが今はまた違った意味ですごいなと感じる。文庫には解説がついているが、多分そのとおりなのだろうが、今この小説が書かれてから60年もたっていても何か現代に訴えるものがある。と思う。白痴には怒りがある。戦争のくだらなさに、それによって自由な表現を奪われたことにも、「気違い」「白痴」といっている町の人々もまた「気違い」であり、本能と欲望のまま生きる「白痴」は死をすぐ傍らのものとして生きているとき最も純粋に感じる。書いた作者が何を表現しようとしたかは多分解説のとおりなのだろうが、それを読んで何を感じるかは読む読者のものだと思う。何かを感じさせるということ、それが出来ることがまたすごいと思う。「井沢は女がほしかった。女がほしいという声は井沢の最大の希望ですらあったのに、その女との生活が二百円に限定され、鍋だの釜だの味噌だの米だのみんな二百円の呪文を負い、二百円の呪文に憑かれた子供が生まれ、女がまるで手先のように呪文に憑かれた鬼と化して日々ぶつぶつ呟いている。胸の火も芸術も希望の光もみんな消えて、生活自体が道ばたの馬糞のようにグチャッグチャに踏みしだかれて、乾きあがって風に吹かれ、飛び散り跡形もなくなって行く。つめのあとすら、なくなって行く。女の背にはそういう呪文が絡み付いているのであった。」安吾の結婚観は正直痛い。痛すぎる。「青鬼の褌を洗う女」は女の一人称で書かれているが、これも傑作だと思う。性には執着しないが生きることには執着のある女、オメカケさんになりそれなりに誠実にオメカケさんをやっている。母親の死を束縛からの解放と感じ、戦争や破壊は嫌いだが破壊のあとに新しい何かが生まれると感じている。そして自分の中に母親の姿を見つけうんざりしている。彼女のあっけらかんとした、それでいて何かのんびりとした人生観は今の若い子に共通しているように感じる。「ニート」の意味がいまいち把握できていない。「パラサイト」とどう違うのか。彼女は「ニート」なのではないかと思うのだが・・・。でもオメカケさんという職業婦人だというのだから違うのだろうか。2005・12・1
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