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Posted by ブクログ
森博嗣の小説は1行たりとも読んだことがないのだが,エッセイ的なものは結構読んでる。
抽象的思考の大切さを語る1冊で10時間で書いたそうである。驚異的な速筆だ。原稿をベタ打ちするだけでも10時間では終わらないと思う。
抽象的思考と客観的思考の方向性の類似というのは新しい視点だった。何となく,客観的=数値化可能=具体的と考えていたのだが,そもそも数字というのがある意味究極の抽象な訳で,そう考えると抽象性と客観性には類似が認められる。それでもなお,両者には本質的な違いがあるように思うが,抽象化することに付随して客観性が増すということはあり得るなと思った。
同時並行で安藤昭子『問いの編集力』をAudibleで聴いていて,ほとんど同じテーマだなと思った。もうひとつ,抽象と言えば細谷功だが,具体と抽象をロジカルに説明するスタイルとは異なる語りで,その違いが面白いと感じた。
結論としては,著者の言葉そのものの「もうちょっと考えよう」というだけの話ではあるのですが,生活に余裕がないとなかなか考えられないものなのですよね。なお,著者は「考える」と「選択する」を区別するけど,「考える」と「悩む」を同視してるような気がして,その点は独特かもしれない。一般的には,「悩むな,考えろ」的な主張が多いので。
Posted by ブクログ
色々なものを抽象的に捉える人は、日頃から、抽象的にものを見ているから、頭の中に、それらがぼんやりとした広がりをもって収まっている。ぼんやりとしているため、他のものとリンクしやすい。なんとなく、あれが近そうだ、どことなく似ていないか、というように連想され、紐を手繰り寄せるように、頭の中から引っ張り出されることになる。
発想をする以前にも、この種の連想を繰り返しているので、なんとなく関連のあるものが「近く」に置かれ「似ている」ものとして認識されている。だから、 いざというときに取り出せるのである。
自分が得た情報を、別の情報と照らし合わせたり、理屈を考えて、どうしてこういったものが伝わってきたのだろう、といちいち考える人も少ない。そんな暇はないのかもしれない。しかし、ちょっと考えてみれば、「これはできすぎている」「嘘かもしれない」と疑うことができるはずだし、その情報の陰に隠れている動機、相互関係といったものを類推することもできる。真実はわからなくとも自分なりの解釈を持つことで、ものの見方は変わってくる。自分なりのものの見方を持っていることが、 客観性や抽象性を育てる。
客観的思考、抽象的思考というのは、客観的な見方、抽象的な見方によって始まる。目で見る見方でなく、頭の中でどう捉えるのかということだから、ちょっと違う面を想像してみたり、奥にありそうな見えない部分を想像してみたりする、というのは視点や視野を切り換える感じに似ている。
このへんすごく共感した、日頃していることを言語化されてる感じがした。
そしてこれを贈ってくれるのが彼女らしいなと思った。
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