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Posted by ブクログ
私達の日常生活のどんな些細なものまで、その一つ一つがいままでとは全然異った魅力を持ち出すのだ。私の身辺にあるこの微温い、好い匂いのする存在、その少し早い呼吸、私の手をとっているそのしなやかな手、その微笑、それからまたときどき取り交わす平凡な会話、──そう云ったものを若し取り除いてしまうとしたら、あとには何も残らないような単一な日々だけれども、──我々の人生なんぞというものは要素的には実はこれだけなのだ、そして、こんなささやかなものだけで私達がこれほどまで満足していられるのは、ただ私がそれをこの女と共にしているからなのだ、と云うことを私は確信していられた。
Posted by ブクログ
私は死について考えるのが嫌いだ。
祖父母、両親、飼い犬の死を想像するだけで、
どうしようもない喪失感に駆られて涙する。
どうして死なんてものがあるのだろうかと
避けられない死が怖くてたまらない。
けれど『風立ちぬ』に出会って、最愛の人の死を受け入れるヒントをもらった気がする。
「帰つて入らつしやるな。さうしてもしお前に我慢できたら、死者達の間に死んでお出(いで)。死者にもたんと仕事はある。
けれども私に助力はしておくれ、お前の気を散らさない程度で、屡々遠くのものが私に助力をしてくれるやうに――私の裡で。」
作中で「私」が出会うリルケの『レクヰエム』の一文だ。
敢えて「死者」と呼ぶことで大切な人の死を受け入れ、敢えて「帰ってくるな」と言うことで、死者への未練を断ち切っているようにみえる。
しかし、生者の「私」はこれからも死者の「お前」に助力を受け生き続ける。
『レクヰエム』を読んだ「私」は、「おれが生き続けられているのはみんなお前のおかげなのだ」と節子が残してくれた無償の愛のおかげで今の自分があるのだと振り返る。
死は悲しい。
けれど死者の思い出や存在は、残された者の中で生き続け、それが生者の生きる糧になることもあるのだろう。
大切な人の死を乗り越える方法を、堀辰雄の『風立ちぬ』は教えてくれた。
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