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人はいかなる時に、人を捨てて畜生に成り下がるのか。中国の古典に想を得て、人間の心の深奥を描き出した「山月記」。母国に忠誠を誓う李陵、孤独な文人・司馬遷、不屈の行動人・蘇武、三者三様の苦難と運命を描く「李陵」など、三十三歳の若さでなくなるまで、わずか二編の中編と十数編の短編しか残さなかった著者の、短かった生を凝縮させたような緊張感がみなぎる名作四編を収める。
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Posted by ブクログ
人間の本質とは何か、人としてどう生きるべきかを考えさせられました。中島敦の4作品がおさめられています。漢語が多く使われているため、とっつきにくく思われますが、4作品いずれも内容が濃く、印象に残る作品ばかりです。 「山月記」 詩人に成りそこなって虎になった男、李徴のお話。高校生のとき授業で出会った作...続きを読む品。恐怖を覚え、自分の日頃の行いを振り返らざるを得ない気持ちに駆られた記憶。今読んでもゾクっとする。 「名人伝」 射術を極める男、紀晶のお話。本物の人物とはいかなる人物か、一芸に秀でるとはどういうことか考えさせられる。書も同様で初めは技巧の上達にばかりにとらわれる。“よく拙を蔵す”という言葉があるが、精神面を疎かにしてはいけない。素心を求めて徹底して学ぶことが書学の第一義。共通点を感じた。 「弟子」 孔子とその弟子の関わり。主要人物は子路。子路の孔子へのリスペクトは最上級。彼の最期は、いたましい。 「李陵」 李陵、司馬遷、蘇武3人が対比されることで、1人ひとりの心理や生き方が鮮明になっている。李陵の“天は見ている”という言葉が突き刺さる。司馬遷は『史記』執筆中に李陵をかばったため、去勢される刑に処せられた。彼の辛さがひしひしと伝わる。
「山月記」を高校生の頃に初めて読んだとき、格調高い文体や比喩の妙に心を奪われた。しかし再読した今、最も胸を打ったのは李徴の内面である。彼が味わった孤絶、人としての道を踏み外した悔恨、理想と現実の乖離から生じる自己否定、そのすべてが痛切に迫ってきた。特に「己の毛皮の濡れたのは、夜露のためばかりではない...続きを読む。」という一文に宿る、言葉にならない悲しみが深く響いた。夜露では覆いきれない涙や苦悩、誰にも理解されないまま時だけが過ぎていく空虚さが、その短い表現に凝縮されているように感じた。当時は気づけなかった“距離”―人間関係の中にある微細な断絶、孤独の輪郭、そして胸を灼く後悔。それらを今では読み取れるようになった。李徴の絶望は悲劇ではなく、人間が陥りうる普遍的な罠なのだと気づき、胸が締めつけられた。
新潮文庫2024プレミアムカバー。レモンイエローに金の箔押し。30年前以上前の版より字が大きくて読みやすい。 漢文調の文章が格調高くて心地よい。 学生時代に読んだ時とはまた違う感じがする。
秀作と思います。 学問、芸術、スポーツ、芸能、政治、ビジネス。人が何かを志すときに時として精神の強さが肉体の強度を超越してしまうほどのことが起こりうる、そういった人間の精神性が端正な文章で表現されているように感じました。 星5つです。
やっぱりすごいすね 山月記が、「臆病な自尊心」を持った自分に刺さりまくるのはわかってたことなんだけど、 それ以外の作品も、難解な言葉遣いでありながら生々しさを失わず、内面の葛藤や懊悩がグッと心を揺さぶってくる読み直してよかった
臆病な自尊心と尊大な羞恥心、という記述があるけれど、膨らんだ自我が虎となって自身を蝕んでしまう李徴。やっぱり哀しい。
人の生き方や自己の選択が強調されている。良いこと、悪いことの教えも与えてくれる。この本を通じて、自分の成長や生き方について深く考えさせられました。
昔教科書で読んだ山月記を久しぶりに読みたいなと思ってた時にタイミングよくプレミアムカバーで購入。山月記はもちろんのこと李陵が素晴らしく良かった。三人の人物の生き様が描かれるが三人それぞれに「自分が思い描いていた人生からは意図せず外れた状況」の中での葛藤や生き方の違いが描かれる。三者三様に身につまされ...続きを読むる。太平洋戦争中に書かれた作品であることや、夭折してしまった著者の遺作であることも含めて色々と考えさせる力を持った作品。夭折の作家にはもれなく思うことだけど長生きして戦後の社会を生きていたらどんな作品を描いていたんだろうなと残念でなりません。
山月記 「臆病な自尊心」「尊大な羞恥心」 「しかし、袁傪は感嘆しながらも漠然と次のように感じていた。なるほど、作者の素質が第一流に属するものであることは疑いない。しかし、このままでは、第一流の作品となるのには、何処か(非常に微妙な点に於いて)欠けるところがあるのではないか、と。」 「己の珠に非...続きを読むざることを惧れるが故に、敢えて刻苦して磨こうともせず、又、己の珠なるべきを半ば信ずるが故に、碌々として瓦に伍することも出来なかった。」 「人生は何事をも為さぬには余りに長いが、何事かを為すには余りに短いなどと口先ばかりの警句を弄しながら、事実は、才能の不足を暴露するかも知れないとの卑怯な危惧と、刻苦を厭う怠惰とが己の凡てだったのだ。」 「本当は、先ず、この事の方を先にお願いすべきだったのだ、己が人間だったなら。飢え凍えようとする妻子のことよりも、己の乏しい詩業の方を気にかけているような男だから、こんな獣に身を堕とすのだ。」 李陵 「それは殆ど、如何にいとわしくとも最後までその関係を絶つことの許されない人間同志のような宿命的な因縁に近かいものと、彼自身には感じられた。とにかくこの仕事のために自分は自らを殺すことができぬのだ(それも義務感からではなく、もっと肉体的な、この仕事との繋がりによってである)ということだけはハッキリしてきた。」「五月の後、司馬遷は再び筆を執った。歓びも昂奮も無い・ただ仕事の完成への意思だけにむちうたれて、傷ついた脚を引摺りながら目的地へ向かう旅人のように、とぼとぼと稿を継いで行く。」 「彼は粛然として懼れた。今でも己の過去を決して非なりとは思わないけれども、尚ここに蘇武という男があって、無理ではなかった筈の己の過去をも恥ずかしく思わせる事を堂々とやってのけ、しかも、その跡が今や天下に顕彰されることになったという事実は、何としても李陵にはこたえた。胸をかきむしられるさような女々しい己の気持ちが羨望ではないかと、李陵は極度に惧た。」
物語としてめちゃくちゃ面白いだけでなく、非常に勉強になる。中国古典を掘り返して、このように小説として昇華するとは、とんでもない人だな。特に、李陵が泣ける!
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李陵・山月記
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