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「彼女を失ってなお生きていくのは、地獄も同然だ」
荒涼としたヨークシャーにそびえ立つ<嵐が丘>の屋敷。その主人に拾われた孤児ヒースクリフと屋敷の娘キャサリンの二家三代にもわたる愛憎物語。
これを愛と呼んでいいのかと躊躇うほどの執着。まるでモノクロ映画を観ているかのようなリアルな映像性で描かれる究極の愛の形にどん引きしつつも、この愛の行く先を見てみたいとついつい読み進めてしまいました。作品全体に流れる暗く不気味な空気が二人の狂った愛をより引き立てています。
徹底的に自己中心的な愛ゆえに、まるで獣のように求めあう二人に恐れを抱くほどですが、この執着も人間のひとつの愛の形なのかもしれないと考えさせられます。
Posted by ブクログ
解説をまだ読んでないので凡庸な感想かどうか分からないし、歴史的背景を調べてまで書こうとも思わない。だからいい加減で無責任である。
題名である嵐が丘と作者が名付けたのは、ヒースクリフの存在がアーンショウ家にとって大きな災厄をもたらす悪魔的存在の隠喩?(表現あってる?)からなのでだろうか。
私は本書をヒースクリフとキャサリンの悲劇的恋愛を主軸とした物語だとは思えなかった。それはヒースクリフに対して同情心を誘うような小説的技法が全くなかったからである。むしろ本書のメインテーマは悪魔的存在に囚われた一家数代の悲劇からその回復であると思えるのである。(異端的でも解釈は自由である)
ヒースクリフはキャサリンと結ばれることがなかったが、キャサリンは執拗にヒースクリフに思いこがれる。イザベラも同様である。これは悪魔からの誘惑であるとも解釈でき、リントン家の崩壊を招いた。そしてリントン・ヒースクリフの存在もキャサリン・リントンにとっては結局は不幸の種でしかなかった。
結局不幸極まりないキャサリン・リントンにとっての救済は従兄弟であるヘアトン・アーンショウによるものであった。同じく不幸極まりないヘアトンもキャサリン・リントンによってヒースクリフからの解放をもたらした。この二人の恋によってついにアーンショウ家は悪魔的存在に打ち勝つことが出来たのだ。そしてその恋の微笑ましさは、本書の今までの恋愛描写よりよっぽど共感できたのが私がこの解釈を強くした理由である。
ヒースクリフの肌が薄黒い(黒かな?)というのは示唆的である。私はこの辺のイギリスの歴史に無知なのでおおそれたことは言えないしいい加減な推察だが、インド系やアラブ系を連想でき、異教徒で許容できない存在であったり、悪魔のモチーフとして表現していたのかもしれない。当時のヨーロッパ圏の勢力争いを調べてみると面白い、より深い考察が出来るかもしれない。(肌による差別の意図はありません。当時の人種感覚を想像して考察してみました。また当時の人種感覚を作品の評価を下げる要因にはならないと思っています。読んだ方で詳しい人がいたら指摘して欲しいし、いつでも訂正できる所存です。)
踏み込んで言うと本書の舞台は古い慣習が支配する田園地帯であり、時代背景も考慮にいれると古い宗教的価値観に支配された一種の封建的世界である。その古い道徳観、法律理論はアーンショウ家が、ヒースクリフに支配される正当性を産みそれが悲劇の種になる。このような古い価値観からの解放を女性作者であるブロンテは望んでいたのだろうか?それも調べてみたいような気がした。
いずれにせよ様々な解釈が可能な古典は面白い。本書を読んだ別の読者から、面白い解釈があれば見てみたいと思わせるような、悪くいうと粗いとも言える作品ではないだろうか。
Posted by ブクログ
これは恋愛小説ではない。局所的には人間の醜さ、ーー身勝手、意地悪、嫉妬、強欲、怯弱ーーが随所に現れているが、それを繋ぎ合わせると何故か美しい、そんな奇妙な、迫力ある作品。
アーンショー家に引き取られた孤児ヒースクリフはその家の娘キャサリンと共に育つ。キャサリンの父亡き後、彼女の兄によって虐待され、下男に貶められたヒースクリフは、いつしか彼女と愛し合うようになる。しかし、キャサリンは現実的な理由から裕福な隣家のエドガー・リントンと婚約し、それを知ったヒースクリフは出奔する…
これだけ読むと、単にお嬢様と使用人の恋愛物なのだけれど、キャサリンが自由気ままで傍若無人で支配的な性格なので話が大変面白くなる(美人だから何をしても許される)。
ヒースクリフが自分からキャサリンを奪ったアーンショー家とリントン家の人間全てへの復讐を企てる中、彼女は娘キャシーを出産して亡くなり、そのキャシーをエドガー・リントンは大事に育て上げる。
そして、ヒースクリフは奇しくも(同棲させることで結果的に)キャシーとアーンショー家の後継ヘアトンとを結び合わせてしまう。仲睦まじくなったキャシーとヘアトンを目にして、自分は復讐をしている様で、結局は、キャサリンの子孫の繁栄のために使われた一つの駒に過ぎなかったということを悟ったのかもしれない。キャサリンが(恐らく無意識の内に)思い描いた、個々の人間を凌駕する度量を持った物語を、ヒースクリフが思わぬ形で完成させてしまったのである。そして彼は復讐への興味を失い、キャサリンの幻影に取り憑かれて死んでゆく。
追記
私はこの作品を素晴らしいと思うのは、女性の美貌とエゴが男性を酷使して世界を破壊しながら、最終的にその女性の実家や血筋だけが生き残る形で世界を再生させるから。キャサリンが娘を産み落としただけで死んでいった中で、エドガーはその娘を大切に育てて娘が嫁ぐタイミングで亡くなり、ヒースクリフは復讐心からとはいえ、嵐が丘を荒れていたヒンドリーから奪い上げてヘアトンを無学な好青年に、すなわちキャサリンの娘にとっては自分に惚れてくれる、知能的には自身の支配下における逞しい最高に都合の良い男を育てたこと。さらには、わざわざ自分の息子をだしにしてキャサリンの娘を嵐が丘に強制的に連れてきて、息子の方はあっさりと亡くなりヘアトンと結び合わせてしまったこと。ヒースクリフの復讐は巨視的に見るとキャサリンの実家アーンショウ家を再興させ、かつキャサリンの娘婿を育てて結び合わせたことになって、そこにヒースクリフの血筋が一滴も残らないという皮肉。ヒースクリフはキャサリンに焦がれてエドガーを憎んだけれど、結局キャサリンが娘を産んでその後の面倒事は男たちに丸投げするように亡くなってある種の勝ち逃げを果たし、エドガーはその娘に安定した環境や教育や何より慈愛を与え、ヒースクリフはのたうち回りながらもその娘にキャサリンの実家出の婿をあてがったという見事な共同作業。ヒースクリフの夢見たキャサリンとの一夫一婦的なロマンスを超越した、女のエゴが二人の男を使い倒した神話。自分の人生をかけた目的が巨視的に見ると真逆に作用して、更に大きな目的のために作用していたという呆然と苦しみと恍惚、そして男の苦しみをも利用して花開いた女のエゴの局所的な醜さと巨視的な美しさという根源的な男女関係。更には野性と文明の対比、親世代と子世代のシンメトリーまで盛り込まれた、痴話喧嘩的神話。
訳者によってよみがえる名作
翻訳なんて誰がやってもだいたい同じ…と思っていましたが、鴻巣友季子さんの新訳は全然違う!
キャラクターはみずみずしく、ストーリーも臨場感に溢れ、風景もリアル。
大学の授業で他の訳との読み比べもしましたが、翻訳の力を最も感じさせてくれました。
有名だから題名だけは知っているしいつかは読もうと思っているけど…という人はぜひ鴻巣訳でどうぞ!
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