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東日本大震災後、被災地に大量に設営された仮設住宅は、共同体を排除した「個」の風景そのものである。著者は、岩手県釜石市の復興プロジェクトに携わるなかで、すべてを失った被災地にこそ、近代主義に因らない自然に溶け込む建築やまちを実現できる可能性があると考え、住民相互が心を通わせ、集う場所「みんなの家」を各地で建設している。本書では、国内外で活躍する建築家として、親自然的な減災方法や集合住宅のあり方など震災復興の具体的な提案を明示する。【目次】はじめに/第一章 あの日からの「建築」/第二章 釜石復興プロジェクト/第三章 心のよりどころとしての「みんなの家」/第四章 「伊東建築塾」について/第五章 私の歩んできた道/第六章 これからの建築を考える/おわりに
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Posted by ブクログ
東日本大震災を通して筆者が見出した建築の本来あるべき姿が語られている
安藤忠雄の自伝で語られていた内容と一部通ずるものがある
現在の資本主義は技術万能の近代主義の都市を作り上げ、建築家はその経済、資本を目に見える形にする、その道具に成り下がっている
故に住まう人の心に寄り添うこと、建築の先にある生活、すなわちリアリティを感じること、社会とともに集団で作り上げるという本来の建築の形をおざなりにしてしまっているのだ
著者は震災復興における"みんなの家"プロジェクトを通して、建築が本当の意味で社会にもたらしているものを感じ取り、そこから湧き上がる信念を具現化し、さらに引き継ごうとしている
また、建築をつくるとは内外を切り分ける行為であるのに対し、著者は内外を隔てる建築の境界を極力弱いものにすることで、人々が自由で居心地よく過ごせる建築を作りたい、この矛盾を認識したうえであえてこのテーマに挑戦したいと考えており、それが彼を動かすエネルギーになっている。
✏建築家は皆、社会のためにと考えながら建築をつくっているのに、所詮は作品という個人的表現に行き着いてしまう。つまり近代的自我を捨てることができない。
Posted by ブクログ
3.11後の被災地に於ける有名建築家の方々の建築について調べる機会があり、その中の一つ、伊東さんの「みんなの家」に興味を持ち本書を読むことに。
多分3.11前から伊東さん自身、現代の建築のあり方についてモヤモヤされてたのが、3.11が起こってその疑念が確信に変わったんじゃ無いかなぁと本書を読んで思いました。
使う側とコミュニケーションを取りながら創る、確かに効率や利益だけ考えれば特に現代では難しく避けられがちな方法ですが、使う側に寄り添ったからこそ、伊東さんの「みんなの家」は結果被災地の方々に受け入れてもらえたんだなぁと思いました。
伊東さんの丁寧な性格がそうさせているのか、これ程有名な建築家の方が書かれた本なのに堅苦しくなくスラスラと読むことができました。注釈も沢山載せてくださってるので、建築の知識が乏しい私でも読みやすかったです。
Posted by ブクログ
世界に誇る日本の建築界第三世代を代表する一人で、2012年度ヴェネチア・ビエンナーレ金獅子賞を受賞した伊藤豊雄氏が、2011年3月11日の東日本大震災後に、今後の人間社会、そして建築についての思いを語ったもの。
伊藤氏は震災を、「東京が失ってしまった豊かさが東北にはまだ残っている。なぜ豊かかと問われれば、ここには人と自然とが一体化された世界が存在しているからである。人々は未だ自然の恩恵で生きていることを幸せに感じている。・・・東京のような近代都市の向こう側に見えてくる未来の街の萌芽は確実にここにある。二一世紀の人間社会のモデルは東京ではなく、東北の地にあることを、大震災は多大な代償と引き換えに私たちに教えてくれたのではないか。自然への信頼、人間への信頼を失った場所に人間の棲むべき未来があるとは考えられないからである」と捉えている。
伊藤氏は、二〇世紀の建築は、個人の独創性を最も重要な価値に据え、所謂アートと位置付けられてきたこと、かつ、それを抽象という言葉の下で、自然から切り離したものとして考えてきたことが大きな特徴であったが、それを徹底的に問い直す必要があるという。つまり、「建築の原初の姿は、共同で何かをつくり上げて、それを集団として崇め、またつくることが喜びでもあるという、共同性のあらわれだった」のであり、「建築家はアーティストと違ったかたちで社会に組み込まれている必要がある」と語る。
そして、釜石市の復興プロジェクトでのワークショップ、仙台市宮城野区の仮設住宅の人々と造った「みんなの家」、若い人たちに建築を教える私塾「伊藤建築塾」などの取り組みについて、具体的に述べられている。
二一世紀の建築の潮流は、二〇世紀のモダニズム的発想を大きく転換した「自然との共存」に向かっており、日本においては東日本大震災がそれをはっきりと知らしめたと言えるのかも知れない。
(2013年2月了)
Posted by ブクログ
建築家でもこんなことが考えている人がいるんだぞ、と社会一般に示しているかのような本で、好感を持った。
だいいち、現代の建築家が書く文章にありがちな、必要以上の小難しさや気取った感じがない。
またそれに、「建築家や建築の"在るべき姿"をまず説いたうえで、その"在るべき姿"に沿っているのだという説明の仕方で自身の建築を紹介し、いかに素晴らしいかを説く」というのが、ありがちな現代の建築家の書き方に近いようでいて、実のところ本書では伊東の建築へのこれまでの向き合い方をも相対視されているというのが傑出しているところ。
とても正直な気持ちがつづられていると思う。
じっさい、伊東の建築スタイルも、せんだいメディアテークをきっかけに構造・素材だとか使われ方だとかに興味が向いてきたことや、東日本大震災をきっかけに地域社会への歩み寄りがなされるようになってきたこと等で、コミュニティ志向・地域志向が醸成されてきたというのが、端的な文章からもよく伝わってくる。
地域への歩み寄りと、その逆としての、(冒頭に語られた)東京への疎遠感というのも、正直な気持ちなのだろう。
また例えば、地域の入り方として、いわゆるヨソモノとして開き直るのではなく、いかにして地域に入り込むか(たとえばそのために、いかにその地域のことを知ろうとするか、あるいは演歌等も入り込むきっかけになるということ)も建築家が語っているというのも素敵なことだと感じた。
Posted by ブクログ
3.11の震災後、著名な建築家がどのような想いでいるのか、ベネチアビエンナーレ金獅子賞の「みんなのいえ」ができる過程などが気になり、読んだ一冊。
建築に携わるいろいろな人の講演で、震災後、建築家が求められていないことの虚しさともどかしさから活動を始めたという話を聴く機会があった。
本著では、社会的背景や歴史などを踏まえて、なぜ建築家が求められていないのかという、著者の見解が語られている。
なぜ海外で評価されている建築家が、日本で評価されていないのかなど、納得。
読みやすい文章で、建築の知識がさほどなくても、理解できる。本著に登場するひとつひとつの建物について、詳細を知りたくなった。
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ビジネス・実用
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