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「特殊清掃」とは、遺体痕処理から不用品撤去・遺品処理・ゴミ部屋清掃・消臭・消毒・害虫駆除まで行う作業のこと。通常の清掃業者では対応できない特殊な清掃業務をメインに活動している。
孤立死や自殺が増え続ける、この時代。その凄惨な現場の後始末をするなかで著者が見た「死」と、その向こう側に見えてくる「生」のさまざまな形は、読者を不思議な感動に誘う。
「特殊清掃」
今はいろいろなところで使われている言葉だが、もとは私の会社がつくった造語。そして、当社は、この特殊清掃の先駆企業である。
仕事の内容は、人間遺体・動物死骸・糞尿・山積ゴミなどに関係する特殊な汚染汚損を処理するというもの。
凄惨な現場に遭遇することや過酷な作業を強いられることも多く、陽の目をみることが少ない汚仕事である。
「特掃隊長」
この呼称は、本書のもとになったブログの運営管理を担っている管理人(同僚)が命名したもの。
会社組織上の肩書でも、実社会でのニックネームでもなく、あくまで、ブログ上での呼称。
そんな特掃隊長は、自分が喜んでいるほど善い人間ではないだろうけれど、自分が悲しんでいるほど悪い人間でもないかもしれない。また、自分がうぬぼれているほど賢くはないだろうけれど、人が思っているほどバカではないかもしれない。
内向的、悲観的、神経質、臆病、怠け癖、泣虫、ネクラなどなど、その性格に多くの問題を抱えるくたびれた中年男である。
私は、今まで、幾人もの死を体感し、幾人もの生を垣間見てきた。
目に見えるものを片付けるなかで、目に見えないものをたくさん目の当たりにしてきた。
すべての儚さを思い知らされつつも、死痕を消して生跡を刻み、死を生に転化させてきた。
命とは、生とは、死とは何であるか、それを探求したがる本性に心を揺さぶられてきた。
そして、自問自答を繰り返しながら、浅慮も省みず、それらを本にして出版することにしてみた。
読み手の一人ひとりが、ここから何を読み取るか、何を受け取るか、そして、自分の価値観にどう響かせ、生き方にどう反映させていくのか、私にはわからない。
そもそも、そんな何かが本書にあるのかどうかもわからない。
ただ、せっかく手に取ってもらったのだから、読んだ後、その心に少しでもよいものが残れば幸いである。
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凄く…
考えさせられました。
こんな事書くのは、失礼かもしれないけど…
最初は、軽い興味本位で、読ませてもらいました。
でも、夢中で読み終えました。
(自分のこれからの人生を考えなきゃいけないなぁ。)
と、思わせてもらいました。
Posted by ブクログ
遺体痕処理から不用品撤去・遺品処理・ゴミ屋敷清掃・消臭・消毒・害虫駆除を行う「特殊清掃」。そんな特殊清掃を生業としている男性のブログをまとめたのがこの本だ。
自殺や病死など、死に至る原因は様々だけれど、発見されるまでに時間がかかる孤独死では、現場が凄惨なものになる。そこを清掃するのだから、まさしく汚仕事(おしごと)。
離れて暮らしていた息子が引きこもりになり、そのまま病気で孤独死をした。その父親が部屋の清掃を依頼。特掃隊長と共に、死体痕を自ら清掃した父親の愛情。
昔、世話になった知人が孤独死。苦しいときに助けてくれた“真友”への恩返しにと、特掃隊長に依頼する前にあらかたの清掃をしていた男性。
年老いて体の自由が利かなくなってきた。先も長くないだろう。「住み慣れた部屋でポックリ逝きたい」と生前契約をする老人。
死に関わる仕事について書かれているのだけれど、生と死は表裏一体。人は必ず死を迎えるし、それは今日かもしれないし、明日かもしれない。そんないつ訪れるかしれない死を心にとめて、今生きている“生”をどう生きるか?を考えさせられる。
Posted by ブクログ
本書は、特殊清掃を行う「特掃隊長」と呼ばれる男性のブログ「特殊清掃・戦う男たち」を書籍化したものです。『ニンゲンは死ねば腐るだけや』この言葉が意味する現実を突きつけられる内容が次から次へと登場します。
本書は人気ブログ『特殊清掃「戦う男たち」』の書籍化したものだそうで、僕も本書を読み終えた後でサラリとではありますがブログのほうを確認しました。筆者は大学を卒業後、この特殊清掃の仕事に就き、肩書きはヒューマンケア株式会社ライフケア事業部所属であるそうで、1992年から遺体処置・湯灌納棺・遺体搬送・遺品処理・ゴミ処分・特殊清掃・消臭消毒・害虫駆除業務の現場を踏み、現在は特殊清掃部門を担当されているのだそうです。
「人間は死ねば腐るだけや」
そう嘯いて自らの人生を思うままに駆け抜けていったのは白洲次郎と彼の父親でありますが、実際に人が死んで腐っていくとどのような結果になるかということが本書の中に詳細に記されていて、遺された遺族や現場を清掃、復旧している彼らのことを考えるとなんともいえないものがあります。ここに登場する孤独死した人間と、病院であれ自宅であれ、家族に看取られてという形でも、『ひとりで逝く』ということは変わらないわけでありますが、『その後』というのは大きく違ってくるかと思われます。
自らもかつて札幌で過ごした最期の1年が本当にここに出てくる人たちのような『最期』を遂げていた可能性があり、また将来もそうなってしまうことが否定できないことが、心のどこかにいつもあるがゆえに、本書をてにとって読んだのかもしれません。やりたいことをやって生きている人間で『末路哀れは覚悟の上やで』というのは常に頭の片隅にあることなのでしょう。
話がだいぶ外れました。筆者が踏んでいる現場というのは過酷そのもので、家の中を覆いつくさんばかりに積み上がったごみの山だったり、人型にくっきりと床や壁に痕跡を残した『生の証』を徹底的に掃除し(処理しきれない場合が大半で全面改装になる)遺族と共に逝ってしまった人間を思い、涙する…。ここに記されているのは本当にあけすけもない現実でありました。もともとがブログを下敷きにしているので、さらりと読むことができますが、内容は本当に重いです。
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