無料マンガ・ラノベなど、豊富なラインナップで202万冊以上配信中!
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
Posted by ブクログ
5年3組の担任としてやってきたのは、手と足がない先生、赤尾慎之介。ぼくも彼のような先生に出会うことができたらなと読んでいてそう思いました。
僕はこの小説を読んでいたとき、自分の小学校5年生のことを思い出していました。前にも何度か書いたことがあるので詳しいことは省きますが、このときのことを思い出すと、僕は口の中に何度となく金臭い味がしますので、正直、できることなら封印したいものなのですが…。
それはさておいて、この小説は乙武さん自身による小学校の教員体験がその土台となったもので、手足がなく、車椅子に乗った教師、赤尾慎之介と彼が受け持つ28人のクラスの生徒との心の交流を描いた本です。
ずっと読みたい読みたいとは思っていたんですけれど、延ばし延ばしになっていて、ついさっき読み終えたところです。赤尾慎之介の教師としてのやり方は決してスマートではないんですけれど、もしも、もしも僕が彼のクラスの生徒だったら、ここまでひねくれてはいなかっただろうな、なんて読んだあとに考えてしまいました。
特に、僕が読んでいて好きだった箇所は、水泳が苦手な「教授」に対して、手足のない赤尾が5メートルを泳ぐと宣言して、実際にやりきってしまうところで、自身も幼いころからプールが苦手だったと言いながら、生徒のためになりたいという一心で、泳ぎきるところが読んでいていいなぁ、なんて思ってしまいました。
僕が今後もきっと、小学校5・6年生のときの同窓会には決して顔を出さないと心に固く誓っていますけれど、できることならこんな先生に出会えたらよかったなと、少しないものねだりをしている自分もいます。そんなことを僕に思わせる小説でした。
※追記
本書は2012年10月16日、講談社より『だいじょうぶ3組 (講談社文庫)』として文庫化、同12日に新書化されました。
Posted by ブクログ
これはめちゃくちゃおもしろかった。文句なしで五つ星です。
乙武洋匡さんの初の小説。半分フィクション、半分ノンフィクション、というところでしょうか。
本書においては、生徒とのひとつひとつのエピソードがハッピーエンドで終わっているけど、実際に先生をやっていたときはそこまで甘いものでもなかった、と巻末の対談でおっしゃっていました。
乙武さんもそう言うている通り、この小説の物語は純粋すぎて、いい話すぎて、ちょっとありえへんやろーというように思ってしまうのですが、それでも感動してしまう。ひとにやさしくなれそう。
ほんまに、教育的な要素にあふれた作品です。映画も観たい。
Posted by ブクログ
三回くらい泣かされた。
幸二が転校するところ、『フツー』とは何かをみんなで考えて向き合うところ、慎吾の複雑な気持ち、みんなで高尾山に赤尾先生を連れていこうと校長にに直談判をしにいくところ、康平の100m走…
実際自分が5年生の頃はもっとあざとくて、この本に出てくるような純真無垢な小学生ではなかった気がするし、実際どうなんだろうかと思った部分があった。
でもこの本は乙武さんの実体験に基づいて書かれているようなので、実際にあったんだろうな。
自分が小学生の時、こんな先生はひとりでもいただろうか。
あんまり覚えていないけど、当時見えていなかっただけで、担任の先生たちは色んなことに苦悩しながらクラスを持っていたんだろうなと思った。
対純粋な小学生だからこそ、先生という立場の人間は、その子達の人生に多大な影響を与える。
それが怖くて、私は塾講師のバイトすらも出来ない。こんな人間が誰かに大きな悪い影響を与えて、その子が幸せな人生を歩めなかったらどうしよう、と。
今大学の友人や知り合いで、いざとなったとき職に困らないようにと教職を取るものが多数いる。
きっと彼等なりにそれなりの志もあるとは思うが、でも赤尾先生のようにきちんと向き合えるんだろうか。
もがきながらも、そのときそのときでやってしまった!ということから目を逸らさず、歩み寄っていく覚悟があるんだろうか。
人の思いが、人を動かす。
こういう話が大好きです。ちょっと現実味に欠けるところはあったし、理想かもしれないけど、小学生相手だからこそ通じることもあるんだろうな。
Posted by ブクログ
『五体不満足』の著者、乙武さんによるフィクション小説となります。
実際に小学校の教師もやられていたとことで、
その実体験に基づく教育への造詣の深さも感じられる、素敵な一冊でした。
「結果的に一番になることが重要だとは思っていない。
でも、一番になろうと努力することは大事なんじゃないかな。」
子供のうちに挫折を知る必要があると、仰っています。
あくまで教育は機会の均等であって結果の均等ではないと、、おおいに同感です。
何かと問題が指摘される「ゆとり教育」の本質は、経験重視型であったとのことですが、
結果論で見れば、その「結果の均等」のみに拘泥してたのではないでしょうか。
結果に平等を求めたがゆえに、失敗が許されない、多様性を認めない、
それが故に自身の考えを涵養できないような、そんな個性のない画一化された教育。
ここまで来ると、もはや「教育」と言える内容でもないと思います。
その失敗の原因がどこにあったのか、担い手である教師の質も含めて、
きっちりとした分析がほしいところですが、、さて。
これを推し進めていた日教組のヒトビトにとっては、責任のある専門職ではなく、
ただの労働従事者でいる事ができて、楽園だったのでしょうけど、、閑話休題。
「人間は挫折をくりかえすことで学んでいく」
子供のうちに失敗を重ねて、自身の適正や興味を培っていく、
教師はその自立するまでの伴走者であって、恣意的な導き手ではない、、と思います。
なおこちらですが、小学校高学年であれば読めるように、ふりがなが多めです。
来春映画にもなるとのことで、、これは是非見に行きたいです。
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。