古典基礎語の世界 源氏物語のもののあはれ

古典基礎語の世界 源氏物語のもののあはれ

ビジネス・実用
880円 (税込)

4pt

4.2

源氏物語に出てくる「モノ」とその複合語を、日本語学の視点から再検討。正確な意味の把握によって、平安時代の人々の実像が明らかになる! 日本語学の泰斗による、古典語の奥深さと魅力が味わえる一冊。

詳しい情報を見る

閲覧環境

  • 【閲覧できる環境】
  • ・ブックライブ for Windows PC(アプリ)
  • ・ブックライブ for iOS(アプリ)
  • ・ブックライブ for Android(アプリ)
  • ・ブックライブ PLUS for Android(アプリ)
  • ・ブラウザビューア

※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。

古典基礎語の世界 源氏物語のもののあはれ のユーザーレビュー

\ レビュー投稿でポイントプレゼント / ※購入済みの作品が対象となります
レビューを書く

感情タグBEST3

    Posted by ブクログ

    この本は、国語学者で学習院大学名誉教授の著者が、『源氏物語』を中心とした古典に登場する接頭語の「モノ」という言葉の持つ意味を再検討したものです。
    「もののあはれ」「ものうし」などのように接頭語として用いられ、教科書的・辞書的には「なんとなく…」と訳して用いられることが多い「モノ」にスポットを当て、その本来の核とする意味はなんなのか、『源氏物語』を中心とする数々の古典文学での用方を研究することで帰納的に解き明かそうとしています。

    同著者・同レーベルの「古典文法質問箱」が面白かったためこちらも購入しましたのですが、助詞や助動詞といった古典文法に焦点を当てていた前作よりもさらにニッチな内容という印象です。

    本書において示される「モノ」の核となる意味は「不可変性」です。それが派生して、世間の決まりを指したり、儀式や行事を指したり、運命や動かしがたい事実を表したり、あるものの存在を指したりするとのことです。
    例えば、「ものうし」は、なんとなくいやだ、疲れた、という意味ではなく、変えることができない運命や成り行きを鑑みて気が重い、億劫だ、という意味になります。

    本書によって「モノ」の意味を知ることは、ことばを通じて当時の文化、ひいてはものの考え方を知ることに他ならず、今後の古典作品をより奥深く楽しむことができそうだと感じました。

    古典を教える先生や、古典に興味のある大学生以上の方などにおすすめです。

    0
    2025年10月19日

    Posted by ブクログ

    大野晋先生の切り口は面白い。
    「もののあはれ」、「ものさびし」、「ものいひ」などの「もの」の付く古語の意味を正確につかむために、「もの」という言葉にスポットをあてて突き詰めていく。
    現代では、「もの」と言われれば、「物体」としての「もの」くらいしか思い浮かばない。
    しかしながら考えてみると現代でも、「物思い」など、「もの」が付く言葉がある。この「物思い」の「もの」は、決して物体としての「もの」ではない。
    この「もの」という言葉を題材として、源氏物語での用例を読み解きながら、古語の「もの」という言葉の意味を解明していく。
    大変面白く読ませていただき、ためになった。

    0
    2015年05月09日

    Posted by ブクログ

    一冊まるまる源氏物語の「モノ」の語釈。
    これに学部の1年生の頃に出会ってたら文学を選ぶ可能性もあったのかな、っていうぐらいキッチリ理詰め。
    割と目から鱗。
    ただ、読者に源氏物語の知識がある程度あるのが前提。

    0
    2012年10月28日

    Posted by ブクログ

    春の うきうきした感じを言ふためにこれを出した。それからすればこれは納得できる訳だと思ふ。では、大野晋編著「古典基礎語の世界 源氏物語のもののあはれ」(角 川文庫)にどうあるか。結論だけ記せば、「『源氏物語』以前のモノノアハレは専ら『人の世のさ だめのあわれさ』に限られていた。ところが『源氏物語』ではそれが右に見たように『男と女の出会いと別れのあわれさ』の意に片寄って使わ れてゐる。」(188頁)つまり、先の徒然とは非常に違ふのである。ただし、補足的に「『源氏物語』には『季節の推移に感じるアハレ』を いうモノノアハレがある。」(189頁)とも記す。これならば徒然と同じであらう。しかし、本書で20頁以上にわたる説明は季節の推移で はなく、あくまで人事中心である。なぜさうなるか。モノノアハレを含むこの部分の章題を「『運命、動かしがたい事実・なりゆき』というモ ノ」といふ。モノの基本的意味が既に人事なのである。本書副題から知れるやうに、これはあくまで源氏の中でのこと、300年後の徒然にこ れは必ずしも適用できない。そこでこんな差が生まれるのである。
    ・本書で採り上げてゐる語は源氏で使はれるモノのついた語である。モノノアハレは当然としてモノガタリ、モノオモヒ、モノイヒ、モノイ ミ、さらにはモノス、モノモノシ、モノヲ等の活用語や付属語まで含む。更にはモノノケやモノノベなどといふいささか場違ひと思はれる語も 出てくる。これらに関する記述には、いかに千年の時代差があるとはいへ、本当に驚くべきものがある。目から鱗、に違ひないのだが、それは 想像を絶する類のものであるとさへ言へる。これは章題を並べるだけで分かる。「『世間のきまり』というモノ」「『儀式・行事』というモ ノ」「『存在』というモノ」「『怨霊』というモノ」、ここに先の運命が加はる。これだけであるが、私達の感覚から理解できるのは「存在」 ぐらゐであらうか。モノとはかくも広い意味を持つ語であつたのかと思ふ。時代変はればである。かくして、ここで私が思ふのは、本書は一般 向けの啓蒙書ではあつても、いかにも国語学の書であるといふことである。これまで記したやうに意味を並べてゐるからだけではない。方法論 の問題である。章題は源氏の語彙から抽出してまとめられたものである。いくつあらうが、とにかくそれらを片端から検討していつた結果であ る。モノノアワレを桐壺から順に検討する。そこから見えてくるものは……膨大な量の語の検討結果から帰納法的に導き出されたモノノアハレ は人事中心の意味であつた。モノガタリでもさうして出てきたのは、「まず第一に人間の運命の展開を虚構の言葉によって、字に書きつける作 品ということであった。」(154頁)この運命にはモノのルビがつく。この運命と虚構がポイントである。それがモノとカタリが複合してで きた語の意味であつた。現在、私達が使ふ物語もここから出たに違ひない。その差が千年といふ時の流れを表してゐる。それを一つ残らず調べ 上げる方法論から導き出す。かういふのが国語学のやり方なのだと思ふ。大野晋はかつて上代特殊仮名遣ひを網羅的に調べてその法則を見つけ た。その対象を源氏のモノを中心とした語彙に移し、そこから私達が当然と思つてゐる語の意味を明らかにしていく。この過程は実におもしろ い。目から鱗以上の驚きである。大野晋とはかういふ人なのだと思ふ。そして、やはり「古典基礎語辞典」を読まねばならぬと思ふ。

    0
    2012年10月28日

    Posted by ブクログ

    現代語訳をしていると、生徒に聞かれることがある。
    「先生、この“もの”はどういう意味ですか❓」

    すみません。
    私はいつも逃げてました。
    今回、読んだことで、いかに深い言葉かわかりました。
    ただ、これを生徒に教えるかと言われれば難しい。
    興味があったら自分で読みなさいの世界だな。

    0
    2013年03月27日

古典基礎語の世界 源氏物語のもののあはれ の詳細情報

閲覧環境

  • 【閲覧できる環境】
  • ・ブックライブ for Windows PC(アプリ)
  • ・ブックライブ for iOS(アプリ)
  • ・ブックライブ for Android(アプリ)
  • ・ブックライブ PLUS for Android(アプリ)
  • ・ブラウザビューア

※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。

この本をチェックした人は、こんな本もチェックしています

角川ソフィア文庫 の最新刊

無料で読める 雑学・エンタメ

雑学・エンタメ ランキング

大野晋 のこれもおすすめ

同じジャンルの本を探す