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1925年、牧野富太郎『日本植物図鑑』と同時に『大植物図鑑』を刊行した元・教師がいた。かつては牧野博士を頼り、その後の編集活動では博士の図鑑と当時の人気を二分しながらも、現在はほぼ忘れ去られた村越三千男とは一体何者だったのか? 二冊の刊行日から本国の図鑑黎明期における出版競争を見出した著者が、魅力溢れる「在野」二人の仕事と植物図鑑の歴史を探る。
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Posted by ブクログ
「らんまん」は牧野富太郎がモデルにしては(架空の槙野万太郎という人物になってるけど)いい人過ぎるし、寿恵子さん良妻賢母過ぎて、まあ時代設定が明治後半から昭和とはいえ、できすぎてるなと言うのが感想だった。 ただ在野の植物学者牧野富太郎が偉大な人であるのは確かで、日本の植物は日本で記載するというのを確...続きを読む立して実行したことだけでも素晴らしい。「図鑑」というのをつくったのが牧野富太郎だというのは後生の牧野伝説であるのはわかったし、今では忘れ去られているけれど同時代に実は牧野より先を進んだライバルがいるのは、詳細な裏付けでよくわかった。 「頼まれたことは少しもやらずに、頼まれないことばかり夢中になってやる人」で一生貧乏暮らしで実家も破産させるくらい植物にお金をつぎ込むというのは、学者としてはしかたがないとは思うし、昨今の大学の先生が、雑用や学生の研究だけでなく生活指導に追われているのを見ると、研究一筋で羨ましくは思うけれど、その陰で寿衛子さんが54歳で亡くなったのは、苦労のかけ過ぎだし、徹底的に治療するお金もなかったからではないかと、その生き方にちょっと疑問が生じる。 まあ同じ在野の研究者として、太い実家が羨ましくはある。
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牧野植物図鑑の謎 ――在野の天才と知られざる競争相手
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俵浩三
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