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シベリア鉄道での亡命旅行「トランク」、満洲で芸者をしていた女性の一人語り「幕切れ」。旅を愛した林芙美子は、自身の訪れた国々を積極的に小説に描いた。庶民目線を貫いたその筆は、戦前の日本人が海の向こうの〈大陸〉に抱いた希望と憧れ、そして敗戦で負った傷跡を克明に写し取っている。絶筆となった「漣波」ほか欧州、ロシア、満洲を描いた小説七篇と、川端康成が単行本『漣波』に寄せた「あとがき」を収録。〈解説〉今川英子
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Posted by ブクログ
満州国というものが存在していた頃の、かの地やモスコー(モスクワ)や欧州へ野望や夢を抱いて乗り込んでいった人々を描く短・中編集。今の感覚で読むと、この人たち侵略に罪悪感とか抱かなすぎじゃない? と思ってしまうが、当時の普通の人々の感覚としては、内地で鬱々としているよりも海の外に出てやろう、という気持ち...続きを読むはイキイキした野心として肯定的に捉えられていたのだろう。異国の地で、女性としてのつらさや、男性との立場の差、同性間でも身分の差を感じたり、ということはあるが、侵略される側の人々のことを登場人物たちが慮るのは、表題作の男性二人くらいで、それはひどく一方的なものに終わる。これらの作品を違和感なく読めるようになってしまうような時代になりませんようにと願うばかり。当時のそれぞれの土地の様子や、人々の暮らしは細かく丁寧に描きこまれており、読み応えがある。
戦前・戦後、日本やロシア、中国、パリなどを舞台にした短編集。 「雨」、なんとか命からがら日本に帰ってきた兵士が故郷に戻ったが居場所がなかった話が印象的。「いったいこんな焼け野原になるまで、どうして人々は我慢をしていたのか」
人生煮詰まると、フッと今いるところから飛び立ちたくなる。 でもおいそれと、そうも行かない。 そこをためらわず飛び立ってしまうのが林芙美子だ。 ただし、芙美子の時代は船旅。 日数がかかる分だけ出会いもあり、旅情もある。 この本は、芙美子の小説の中から、大陸に渡った人たちを描いた作品を選び出したもの。...続きを読む 芙美子は旅の途中にあっても次々と日本に紀行文を送り、日記を付け、旅の思い出もさまざまなエッセイに書き残しているが、そういうものは、言ってみればスケッチ。 臨場感と新鮮味が命だ。 そうやって書き留められたたくさんの素描をもとに、一幅の絵画として描き上げる・・・それが小説なのだろう。 登場する女たちは、みんな、芙美子の分身だ。 そして、男を観察する目がまことに鋭い。 『泉』 パリに赴任した銀行マンの夫に呼び寄せられて、国子は一人、船でマルセイユへ向かった。 船旅の途中で、パーサーから暗く底光する瞳の青年を紹介される。 『運命』 職業婦人は、長く働くほど流行にも敏感になり、洗練されて美しくなる。 そうして、男は寄り付かなくなってくる。 男というものは何もできないような女にマウントを取る方がうれしいのだ。 『黄鶴』 従軍記者として南京の戦争あとを見に行く、小説家の女性。 小説ではあるが、芙美子の体験をヒロインに追体験させたような作品。 『雨』 仮病を使ってまで生き延びたのに、行くあてもなく雨の中を彷徨う、若い帰還兵。 『幕切れ』 満州で芸者をしていた女の問わず語り。 今は生活のために男に身を売っている。他にどの仕事も身に付かないのだと観念しているが、お客の一人に結婚しないかと言われて動揺する。 『トランク』 この本のタイトルも「トランク」だが、旅の象徴なのかと思っていたら、大したスリルだった。 結局、女たちは何だったの?又針みたいな? 『漣波(さざなみ)ーーーある女の手記』 連載途中で亡くなり、絶筆となった。 この本の中で一番長く、一番面白い。 生糸会社の重役の奥さま付きの女中として、旦那さまのいるパリへ同行した若い女性の手記。 船でも汽車でも、奥さまたちは一等、女中は一人で三等。 守られない若い女には常に、下心むき出しの男たちの目が向けられる。 言葉の通じない辛さを乗り越え、少しずつ垢抜けて「ワルイコ」になっていく様や、恋の上手なフランス男にコロッと行ってしまう様や・・・ または上流階級に向ける冷ややかな視線も見ものである。 絶筆といえど中途半端感はなく、きれいに終わっていると思う。
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