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意外と簡単に作れるミステリーサークル、完全にコントになっているESPカードの実験、雨男・晴れ男の正体、九九%実行不可能な藁人形、全ての人間の運命が書かれていると言われる「アガスティアの葉」、胡散臭さが炸裂しているヒランヤ……。ああ、素晴らしきかな超常現象! 信じる・信じないは別にして、本書で取り上げた71の「謎」は人心を惹きつけてやまない。タロットカードに嵌(はま)るオカルト少年だった芸能界の異才が愛をこめて懐疑し、ギャグマンガ界の鬼才がめくるめく傑作を連発する決定版! 超常現象小事典としても使えるボリュームを十分にご堪能ください。<本書で取り上げる「謎」>◎著者が偶然、騙された人に遭遇した「永久機関」 ◎結構、歴史は浅い「六曜」 ◎回すだけで御利益があると言われる「マニ車」 ◎買えば開運から遠ざかる「開運グッズ」 ◎今はパソコンで作れる「心霊写真」 ◎加藤清正が退治した!?「河童」etc
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Posted by ブクログ
元オカルト少年だった著者が超常現象を懐疑的に取り上げる。雑誌
連載をまとめた1冊である。
最近は心霊現象や超能力を題材にしたテレビ番組も少なくなったが、
そんな番組で取り上げられることの多い宇宙人やUFO、超能力、
風水等を皮肉と屁理屈でやりこめるコラム集である。
がちがちの専門書ではないので、どこから読んでも楽しめる。
著者本人は「オカルト否定派」ではなく「オカルト懐疑派」と言って
いるが、本書の内容はほとんど「否定派」に通じるものがある。
いつだったか、風水を取り入れた家というのをテレビで見た。部屋ごと
に壁の色が違っていたりして非常に落ち着かぬ感じがした。見ながら
「絶対、住みたくない」と思ったのだが、風水コンサルタントなる
職業の名乗る人は結構な料金を取るらしい。
人の弱みに付け込んだ金儲けの一種なのだろう。口の悪い占い師や
除霊の出来る住職なんていう人たちが一時期テレビを賑わせたが、
元々不安な気持ちを抱えた人を恫喝するような物言いって、見てい
るだけでも気分が悪かった。
「地獄に落ちる」とか、「死ぬ」とか、脅し以外の何物でもないよな。
本書にも書かれているが、お小遣いを貯めて相談に来た高校生が占い師
から罵詈雑言を浴びせられ、自殺の道を選んだなんて悲劇も起こっている。
信じる・信じないは人それぞれだが、宇宙人もUFOも河童も妖怪も幽霊も、
いるなら会ってみたいんだが未だ遭遇したことはない。どこに行けば会
えるんだろう。ぶつぶつ。
テレビ収録現場で著者が目にした超能力のトリックなんかも披露されていて
興味深い。
Posted by ブクログ
以下笑いました。
・何度も言うが、私は宇宙人がいないとは思わない。ただ、自分たちよりはるかに劣った文明を持つ地球人を、不定期に観察しては、たまに肉眼や写真で見つかるヘマをやり、こそこそ隠れて家畜の死体を切り取ったり、車を空に浮かばせたりするために、光に近い速さで飛んでも何百年かかるところからやってきているとしたら、あまりにもアンポンタンだ。
・(ミステリーサークル)何にせよ、宇宙人がメッセージを送ってくれているのだとしたら、なぜほとんどがイギリスの麦畑でそれは行われて、なぜほとんどが週末に作られ、なおかつ、なぜまったく意味不明の幾何学模様なのか。光の速さで飛んでも何百年何千年もかかるところからはるばるやってくる技術は持っているくせに、なぜこそこそと隠れまわり、地球人に何かを伝える手段として、電波や音声や映像ではなく、なぜ、麦を倒す。
・(ナスカの地上絵)どこまでも続く直接は宇宙船の滑走路だという。どんな推進技術というのだろう。それに、地べたに線を引かないと舵取りがうまくいかない程度の技術力しか持たない知的生命体なのか。
Posted by ブクログ
「宇宙人」という言葉をじっと見つめていると、次第になんともいえない可笑しみが湧いてくる。
まずなにが可笑しいって「人」である。宇宙の人。いったい誰のことを指すのだろう。地球以外の星に生息している生物のことを指して「宇宙人」と呼んでいることは知っているけど、そもそもの概念の規定のしかたがおかしくないだろうか。なんでヒューマノイド限定なんだろう。
私はSFやファンタジーが好きで、著者の松尾さんと同じくオカルトに多大な興味を持っていた。つのだじろうの「うしろの百太郎」に本気で怯えたり、ムー大陸の謎に胸をときめかせたこともある。心霊写真も、指の隙間から覗き見るくらい興味があるし、「自然界のパワー」とやらにも興味がある。
ただそれは、多くのレビューに見られるように「ロマン」とか「夢」と称するのがふさわしい感情なのである。
そんなのがあったらいいな~、そういうことが本当にあったらどんなに面白いだろう、というスタンスなのだ。だから、次々と例を上げて、「こんなのどう?」「いやこういう感じの方が面白いよ」という雰囲気で話をするのは大好きである。
「きれいな言葉を聴かせると水は綺麗な結晶をつくる」とか、「ナスカの地上絵は宇宙人が書かせた」とか、「数字には不思議な力がある」とか、本書に出てくる不思議話はどれも皆一度は耳にしたことのある言説である。それを、「そういう話」として楽しむ分には全然きらいじゃないし、つかの間夢を見て気分がよくなると思う。
でも、それが完全なる事実かというと、それはどうだろう、と思う。
可能性を言い出せば確かにゼロではないのかもしれないが、それにしては確実な存在を証明するものがいっこうに出現しないのはなぜなんだろう。
本書はそういった疑問を丁寧に考察したすばらしい入門書である。
先日私は、ある漫画家の本をすべて手放した。もともと超常現象に近しい人で、作品もそういった事柄を扱ったものが多かった。時に人間心理の複雑さも絡まって非常に面白い作品だと思っていたのだが、最近、どうやらその漫画家はそれらの事象をすべて真実だと思っているらしいことがわかってきた。
フィクションを構築する要素として扱っているならともかく、本気でそれを信じているとなるとちょっと困ってしまう。ずいぶん迷ったが、フィクションとして成立していないと判断して手放してしまった。
世間でも、またぞろ超常現象を本気で信じる風潮が強まってきている気がする。不安な世情だから、どうしてもそういう不確かなものにすがってしまいたくなるのかもしれない。
不確かと書いたが、そのテの思想はたいていが「断定」の文法を使う。「◯◯では**と言われている」と伝聞なのに断定。見てきたわけでもないし、証明もされてないのに、断定するのである。きっとその「断定」がたいそう頼もしいものに感じられるんだろうなあと思うのだが、それをむやみに他人に押し付けるのだけは勘弁してもらいたいと思う。自分が信じているのは勝手だが、それを他人に広めようとするなら、それなりの裏付けが必要だろう。ただ「見える」「聞こえる」「感じる」「そうなっている」という理由だけではやはり納得しづらいのである。
科学が証明できるものだけがすべてではない、ともいうが、そのことが即座に、科学で証明できないことも存在するということを意味するという論理の飛躍はいただけない。
たぶん、人間が把握できる事象なんて、世界全体からみたらごくわずかなのだろう。ほとんどのことがわからない。その「わからないこと」を処理する方法として、論理的、かつ実証的に追求するか、超常現象に丸投げして、「そういうものがあるんだよ」と十把一絡げにして思考停止するかの違いなのだ。
思考停止はとても楽なのでついそちらへ流れがちだ。しかし、本書のように、ちょっと足を止めて考えると、それだけでも疑問が泉のように湧き出てくる。せめてその疑問にだけでも答えてほしいものだと思う。もし本当に宇宙人がいて、霊が存在して、自然のパワーが石にたまる、というなら。
それにしても、本書を読んでいると過去にどれだけたくさんの、超常現象を扱ったフィクションを読んできたことかと、その数に改めて驚いてしまう。どの話もみな、一度は漫画や小説でお目にかかったことのある謎ばかりだから。私はずっと、「これが本当だったらすごいな」くらいにしか思ってこなかったが、世の中にはこれを真実だと心底信じてしまう人もたくさんいるのだ。信じてすがることは悪くはないけど、そこに常に金銭が絡むからよくない。ファンタジーにとどめて、自分一人で楽しむのがちょうどいいのではないだろうか。
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