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Posted by ブクログ
【きっかけ】
昭和の時代での、自立した女性の恋愛が気になった。
【好きな箇所】
だが、遠野の鼾が苦痛でないように、30を越えて1人でいることも、修子にとってはさほど苦痛ではない。(中略)多くの人々は独身でいることを女の生き方とか人生観と結びつけて考えるようだが、修子はそれでなにも問題がなかったから、続けてきたにすぎない。
【感想】
この主人公は好きだった。昭和の女は、男性に寄りかかってしか生きられないみたいに書かれがち。男性だけに都合がよすぎるなと感じることがあったから、安心した。
遠野も、いい線をいってる大人の男性ではあったんだと思う。けど、思い通りに女が言うことを聞かないと手が出るのは、結局そこまでの器だったということ。「妻と別れることにしたのに、どうしてくれるんだ」は、ダサかったな、、切迫詰まってダンディー仮面が剥がれてしまい、結果、余計修子を醒めさせる。
2人の大きな違い。それは、いまの関係を、ファンタジーと理解していたか、いなかったか。修子はわかった上で、「メトレス」である自分を好きだったんだと思う。
何時になるかわからない相手の帰りを、深夜まで待つ。到着したら飲み物を出す。自分も同様に仕事があっても、男のために朝食を作る。男がステーキに手をつけるのを確認してから、自分も食べ始める。こんなことをやっていられるのも「メトレス」だからこそ。妻になってもキープできる接遇じゃない。
修子は遠野への愛情が、愛人関係だからこそキープできていると理解して、”いいとこどり”している自覚がちゃんとあった。一方で遠野は、妻とうまくいかなくなっても、女への憧れを捨てられなかったタイプ。常に優しく自分を受け入れてくれる修子に幻想をみていたが、求婚を断られ、醜態を晒すことになった。
渡辺淳一が、1900年代にこういう女性を描いていたのが、意外。自分の生活を気ままにコントロールできる楽しさを感じつつも、誕生日を迎えるたびに気持ちが揺らぐ修子に共感する。いまでこそ、一応はいろいろな生き方が認められるようになったけど、この時代ならなおさら肩身が狭かっただろう。選択肢が増えた分悩みも多い気がするけど、やっぱり結婚して子供を産むのが当たり前の時代は、きつい。
アラサーで1人旅の話など職場ですると「わたしがあなたくらいの歳のときなんて、子供2人抱えて働き詰めだったけどね」なんて嫌味が飛んできたことがある。その人も、世間の当たり前の風潮に逆らわず、流されただけなのかもしれない。誰にも拘束されず、自分の道を探ることにした修子、ブラボー。
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