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『さくら』で彗星のように華やかなデビューを飾った西加奈子の第4作にあたる長編小説。冬の大阪ミナミの町を舞台にして、若々しく勢いのある文体で、人情の機微がていねいに描かれていく。天性の物語作者ならではの語り口に、最初から最後までグイグイと引き込まれるように読み進み、クライマックスでは深い感動が訪れる。このしょーもない世の中に、救いようのない人生に、ささやかだけど暖かい灯をともす絶望と再生の物語。この作品で第24回織田作之助賞を受賞している。
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Posted by ブクログ
登場人物2人とも、自分のことを棚に上げて文句ばっかり言ってました。笑 だけど、ぶつぶつ言いながらも側から見ると実は素直で、少しだけ人に優しくて、何より精一杯生きていて、とても愛らしい2人です。通天閣の周りにはこんな些細な人情劇がほんとに溢れてそうです。作者のリアルな書き振りに感心しました。
愛されるためには愛すること。 遠くにいる他人を幸せにするんじゃなく 身近にいる人を大切にすること。 現実はドラマみたいに派手じゃないし 突然奇跡が起こって何もかも変わる! なんてことはないけど 毎日コツコツ生きていくことも悪くないなあと そんな私の毎日を肯定してくれる小説でした
大好きな西加奈子さんの本の中で、一番声に出して笑った本。シュールなのだけど、笑うしかないといったような本だった。こんなのが書けるってすごいと思う。
何度読んでもじわっとくる通天閣 通天閣には2回しか行ったことがないけれど、あの雰囲気、わかるわかる。 よし、なんでもいいや、とりあえずまた今日も頑張ろう、と思える
複数視点の物語としては最小の二人という設定。その人生が微妙に交錯するのかしないのか、というところに物語の肝があるのだが、個人的には夢の描写が、心模様を微妙に反映していて、上手いなあと思った。
2人の登場人物の視点から、交互に物語が展開していく。最近の小説に多用されているパターン。 40歳台独身で工場勤務の男性と、20歳代で恋人と遠距離恋愛をする女性。 自分が大阪で生まれ育ったので、登場する大阪弁が親しみを産み、楽しく読み進めることができた。 自分のことで精いっぱいで、思い通りにいかず、満...続きを読むたされることのない数々の人生を描いていて、自分に重なるところがあって興味深かった。
どうしようもない人達だなと穿った見方をしそうになるが、それぞれの人生であり他人がどうこうつけ入る必要なんてないなと思わされた。特にジジイの存在が良いなと思った。 通天閣にしか醸し出せないあのチープさというか生々しさがあいまってよかった。
薄汚れた街で惰性で一日を過ごす二人の主人公。この手のストーリーは読むスピードが遅くなったり読むのをやめてしまうこともあるが、気がつけば主人公の目線になって薄汚れた街に立っている錯覚に陥る自分がいる。西加奈子さんの独特な表現力にぐいぐいと引き込まれてしまうのだろう。「今、窓から見る夕暮れは、だらりとだ...続きを読むらしない色をして、もう少しで終わる一日を、一刻も早く忘れたがっている。そして早く黒にバトンを渡したいと、そう思っている。すぐにやってきてぐんぐん速度を増し、地上に降りてくる。そしてあっという間に、昼間の何もかもを隠してしまう。」
スナックのチーフをしている若い女と「ライト兄弟」という100均の商品を作る工場勤めの男の話が交互に描かれる。若い女は同棲していた彼氏がニューヨークへ行き、「私たちは別れたわけではない」と日々呪文のように唱えながら、彼氏に哀れんでもらうために、クソのようなスナックで、泥のように生きている。 男は、若い...続きを読むときに結婚していたものの、その連れ子に愛情表現ができなくて、必要最低限以外の人間関係を避けて 生きている。二人に接点はなく、それぞれ話は進んでいく。どちらの回りにも、個性的な人がいて、スナックのママだったり、行きつけの店の大将だったり。通天閣の下で、生きている。夢がなくてもきらきら輝いてなくてもみんな生きている。 通天閣にのぼったら、坂道を汗をかきながら上がっていく私に出会うかもしれない。いろんな人に出会うかもしれない。 男にフラれたチーフの雪は、工場のおっちゃんの昔々の血の繋がらない娘だったなんて…… 二人の出会いはなかったけれど、なんか わかってよかったような。
あなたは「通天閣」を知っているでしょうか? 1956年に竣工し、年間に100万人以上もの人々が訪れる大阪のシンボルとも言えるその建物。バベルの塔に象徴されるように、人は天に向かって高く伸びていく建物に心動かされるものがあります。私たちは、そんな建物を見上げます。しかし、建物から見れば、足元の街の...続きを読むあちこちに、自分の姿を見上げる人の姿を見続けていることになります。見上げ見下ろす、というそんな対になる関係の中で、人はそんな建物にどこか特別な感情を抱いていくのかもしれません。そして、そんな天に向かう建物の中でも大阪に暮らす人たちにとって「通天閣」とは、特別な意味を持つ建物のようです。 『鉄骨むき出しの足が地面に突き刺さっているが、不思議と無機質な感じがしない』。 そして、 『暑い盛りには汗をかいていそうな、どことなく生き物の匂いのする建物だ』。 …と、他の都市の同様な建物ではまったく思い浮かばないような特別な感情を抱かせる「通天閣」。 この作品は、そんな「通天閣」の足元で暮らす人々の日常を描いた物語。そんな場で救いようのない日常を今日も生きる人々の物語。そして、それは、そんな暮らしの中に溶け込む「通天閣」の存在を強く感じる物語です。 『起きたら五時だった』、『こう寒くては動く気になれない』という寒い布団の中からようやく起き出して、『外に出ることに』したのは一人目の主人公である『俺』。『マンションを出てすぐ右に曲がると、通天閣が見える。「日立プラズマテレビ」の側だ』というそんなマンションに引っ越してきたのは十二年前のこと。『小さな頃親爺に連れてきてもらって以来』だったものの、『胡散臭い不動産屋が見せてきた間取りに、「通天閣近く!」という文字があったのに惹かれた』という『俺』。そんな『俺』は、『「大将」の赤いのれんをくぐ』りました。『水を持ってきた若い女に「塩やきそば」と言おうとしたら、「いつものですね?」と言われ』びっくりします。『くそ、とうとう覚えられてしまった』、『良かれと思って言ったのだろうが、こちらにしては迷惑な話だ』と不満な『俺』。そんな『俺』は、『百円ショップやコンビニに卸す』『部品の組み立て、梱包を』する工場で働いています。 一方、『ここから出たくない!』と思う布団からようやく出て準備を終え、『自転車を漕ぎ出』したのはもう一人の主人公の『私』。『家に戻れば、マメがいた』という半年前までのことを思い浮かべる『私』は、彼が『ニューヨークに行く。』と言った時のことを思い出します。『映像作家というものを目指していた』というマメは、『三年。』という長い期間の留学に出ることになりました。『月十五万の給料では、ふたりで住んでいたこの家の家賃を払って生活でき』なくなり、『スナックの黒服、チーフと言われる』今の仕事を選んだ『私』。『時給千四百円、夜七時から朝二時まで』というその仕事は、『そんなところで働いているなんて…。』とマメの気をひくためのものでもありました。しかし、『電話も、なかなか来なくなった』というそれから。しかし、そんな『私』は、スナックのトイレの鏡を毎日磨きながら『私たちは、別れたわけではない。』と声に出して言います。『一点の曇りもない鏡』を見て『私の心のようだと思い』『うんとうんと丁寧に』鏡を磨く『私』。 大阪のミナミの街の片隅でそれぞれに生きる『俺』と『私』のささやかな日常が、淡々と描かれていきます。 西加奈子さんの四作目の小説として刊行されたこの作品は、大阪の象徴とも言えるあの有名なタワー、「通天閣」をそのまま書名にしたものです。そんな物語は、大阪の街とその街に息づく人々の活力に満ちた暮らしぶりが活き活きとした筆致で描かれていきます。『なんて温度の高い街だ。そう思った。俺がまわってきたどこより、うるさく、どぎつく、匂いがした。生きている人間の、匂いがした』と表現されるその街の描写。そんな描写を三つの観点から見てみたいと思います。 まずは、人の描写です。”ザ・脇役!”という感じで数多くの人物が入れ替わり立ち替わり登場するこの作品。その中でも『私』が勤めるスナック『サーディン』に関わる人たちの描写は強烈です。そもそもその店名が『パーッといわしたろか』と『サーディンはいわし』にひっかけたものであるところにオーナーの性格が現れています。そんなオーナーは、トイレ掃除も担当する『私』に『マジックリンの吹きつけは二回まで』と制限を課します。『バレないだろうと思って三回吹きつけた』ら、『おいチーフ、今シュウ三回やったやろ?』とすぐさま指摘する細かさ。そして、『シモネタ大好きの千里さん』、『口癖が「しんど」という』一番若いチイコちゃん、『当たり前田のびすけっとっ!』などの『響ボケ』をかます『一番の年長者』の響さん、そして『店の中では一番のエロ系だ』という自称三十のまみさんというキャラの濃い女の子たちが勢揃いしています。そして、それを本来取りまとめるママは『水商売の人にあるまじき、というほど気弱で、いつもびくびくしている』という不思議な存在。もうこの店の面々だけでも、何本でもドラマが出来そうな個性溢れる人たちの集合体です。それは、小説冊子から抜け出て本当に実在するようにも感じられるから不思議です。この辺り、西加奈子さんの人物表現の真骨頂を存分に楽しませていただける部分だと思います。 次は『俺』の働く工場の描写です。『組み立て、梱包をしている』というその工場。人が『次々と辞める』そんな工場は、『別段体力を使う仕事ではないし、単純作業』が中心です。『商品のパッケージを大きなホッチキスで『きっちり四ヶ所、ぱちんぱちんと』止めるだけというその仕事。しかし、『たいがいの人間は昼までに音をあげる』という『ギリギリの精神状態』に陥っていく状況が、リアルに描写されます。単純作業が故に『いい加減頭がおかしくなる』というその仕事。結局、次々と辞めていくそんな『工場』で働く人たち、そして残業代がつかないように『定時で工場長がタイムカードを押』していく様など、人の世の影の部分、なんとも鬱屈とした部分もリアルに描かれていきます。そして、ポイントはそんな工場で働き続けているのが主人公の『俺』だという点です。 そして、なんと言っても書名ともなっている「通天閣」の名前が全編に渡って登場するこの作品。そんな「通天閣」の近くで暮らす『俺』の日常風景は必ず「通天閣」と共にあると言って良いくらいにその存在感は絶大です。行きつけの喫茶店は、『通天閣の四本の足のうちの一本の、すぐ隣にあ』ります。『ほとんど真下と言っていいくらいだ』というロケーションから見上げる『俺』は、『この位置から見ると、通天閣というやつは、ずいぶんと大きいものだと改めて思』います。そして、『暑い盛りには汗をかいていそうな、どことなく生き物の匂いのする建物だ 』とまで親近感をもって「通天閣」を見上げる『俺』。そんな『俺』は、自転車の空気を入れながら『日立』のネオンを見て『水商売の女が』「通天閣」にネオンが灯る時を出勤時間の目安にしているという話を思い出します。また、二十二時を回ってそんなネオンが消えた「通天閣」を見る時、『明りをつけたそれと、消えているそれとがあれほどまでに違う建物を、俺は見たことがない』と、その建物が見せる表情の大きな変化を意識したりもします。そんな風に、『俺』の日常の中にさまざまな表情を見せる「通天閣」は、それと共に生きてきた「俺」のさまざまな思い出の起点ともなっていきます。そんな「通天閣」を舞台に、結末で、ある事件が起こります。それがこの作品の結末をある意味でドラマティックに盛り上げることになりますが、そこから感じるのは、泣き笑いの人生を、それでも生きていく人々の力強い生き様でした。 そんなこの作品は合計20章から構成されており、 1〜16章: 奇数章『俺』、偶数章『私』 17・18章: 章の中で視点が複数回切り替わる 19・20章: 奇数章『俺』、偶数章『私』 という形で『俺』と『私』に視点が順次切り替わりながら展開していきます。一見全く繋がりを持たないように描かれる『俺』と『私』。そんな大阪のミナミの街で暮らす『俺』と『私』はまさかの接点で繋がってもいきます。それはこの作品の奥行き感を見せるものでもあります。しかし、そんな二人は、いずれも救いようのない日々を諦めるように生きていました。『日々、早く時が過ぎればいい、今日も早く終わればいい』と思い、『そのくせ明日を心待ちにすることもない』というどこか鬱屈とした毎日を生きる『俺』。『生きているのではなく、こなしているのだ』という毎日を生きる『俺』。そんな『俺』が視点となる章は、読んでいて救いようのない鬱屈さを感じる物語です。そして一方の『私』は、『家に戻れば、マメがいた』という彼がニューヨークに留学してしまったことをきっかけに『私の生活はガラリと変わった』という日々を送っています。『私たちは、別れるのではない』という言葉を何度も思い浮かべ、口にも出す『私』。しかし、『五日に一度かかってきていた電話は、一週間に一度になり、二週間になり、一ヶ月になった』と、心細く綴られる心情は、『マメの声が聞こえないストレスに、私は押しつぶされそうだ』という切ない気持ちがよく伝わってきます。そんな主人公たちの繊細な内面の描写と、大胆なまでの大阪の活力のある街並み、人々の生き様が見事なコントラストを見せていく物語からは、人情の街、大阪、そして表紙の「通天閣」の姿がふっと浮かび上がるのを感じました。他の街を舞台としてはとても描けない、大阪の街の圧倒的な説得力が物語を引っ張っていく、それがこの作品の一番の魅力なんだと思いました。 『連綿と続く、死ぬまでの時間を、飲み下すようにやり過ごしているだけだ』と、なんとも救いようのない人生を感じさせる描写の連続に、少し気持ちが滅入っていくこの作品。『今私の家に、「悲劇」のようなものが突然押し寄せた』と、一本の電話が人生を暗転させていく様を見るこの作品。しかし、その一方で、それでも前を向き、それぞれの人生を今日も確かに歩んでいく、そんな人々の力強い姿を確かに見るこの作品。 『ゆっくりでええから、坂上ろう。きっと綺麗な通天閣が、見えるから。ほんでチーフも、いつか、この高みから、いつかの自分を、見下ろせる日が来るから』と、印象的なシーンの背景に必ず登場する「通天閣」。そんな「通天閣」に重ねるように、その足元で今日も生きる人々のささやかな人生の一コマを見た、そんな印象深い作品でした。
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