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「BUTTER」著者渾身の女子大河小説。 大正最後の年。かの天璋院篤姫が名付け親だという一色乕児は、渡辺ゆりにプロポーズした。 彼女からの受諾の条件は、シスターフッドの契りを結ぶ河井道と3人で暮らす、という前代未聞のものだった――。
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Posted by ブクログ
母校である恵泉女学園の創設者の河井道先生の著書『わたしのランターン』は在学時に読んでいたが、柚木麻子さんが書かれた『らんたん』は、河井先生がとにかくキュートで、登場人物もみな生き生きしていて、全く違うもののように感じながら、一気に読んでしまった。そうか、私がいた学校はこんな歴史を経ていたのかと、卒業...続きを読むして30年近く経ってその学校で学べたことを改めてしみじみとありがたく感じた。そして高校生活を思い起こして、懐かしく温かい気持ちになった。河井道先生が戦後の子女教育のためになしてくださったことを心から感謝して、尊敬と敬意を捧げたい。
恵泉女学園の創立者を描いた、長編物語。 教育と文学、政治・社会運動のオールスターが出てくる。 10ページに一度ほど、書き留めておきたくなるような胸に迫るセリフが出てくる。 終始、ジーンとした時間を過ごした。
すごくすごく良かった 世界各国の首相や大統領が全員女性だったら戦争はなくなって世界平和が実現すると思う ロシアもアメリカも中国もウクライナも…
道先生が素敵。強くて信念があって…そしてとにかく可愛らしい。こんな魅力的な人の話を読めてよかった。 「青踏の冒険」で平塚らいてう、山川菊栄、尾崎紅吉、「風よ、あらしよ」で伊藤野枝、神近市子を知っていたので、彼女たちの努力と情熱のおかげで今の時代があることは知っていた。 今回「らんたん」を読んで、彼...続きを読む女達はその運動を楽しみ、日々を楽しく暮らしていたことをあらためて知った気がする。それくらい道先生は日々を楽しんで暮らし、周囲の人も楽しませていたと思う。 幸せな読後感を運んでくれる本だった。道先生のもと、恵泉女学園で学んでみたかったな。
面白かった! ぜひドラマ化もして欲しい。 河井道の好奇心旺盛で物怖じしないところが、作家の林真理子みたいだなと思いました。 作品の中に、歴史上の偉人がたくさん出てきますが、新渡戸稲造がかなり魅力的に感じました。 新渡戸稲造の生涯もドラマ化してくれないかな。
明治維新後の日本におけるフェミニズムが、シスターフッドが、どのようにして現在を作ってきたのかが初めて自分の中で繋がった。 女だけでなく、さまざまな思想を持つ人間が世界大戦を通して経験した葛藤と改めて向き合い、現在の自分がその当時の人々に対して、「浅はか」「矛盾」「弱さ」などと指摘することがいかに傲慢...続きを読むで上辺だけの行為であるかを突きつけられる。 天皇制の国家である日本におけるフェミニズムとは、という大きな問いを投げかけてくれた一冊。必読。
女性が世の中を変えた、初めての世の中を描いた作品。この時代まではきっと、男の知識層に全ての決定権と知識が流れていて、ほんの一部の人間が社会を回していたのだ、回していたというか、女性は蚊帳の外で、男が構成していたというか。社会の変化は今よりも忙しないので、ひと世代が終わる前にトレンドは変わり始め、シス...続きを読むターフッドが気持ち悪がられたり好奇の目に晒されることはなくなったのがわかる。梅さんと捨松さん、道さんとゆりさんの対比が痛々しい。でも得てしてそういうものなのかもしれない。こんな厳しい時代に生きた、聡い女性達の人生を、創設した学校の卒業生(柚木さん)が描いたというのがまたロマンチック。ひとりひとりの主人公について、深掘りしたい。 p.14 父が特別、弱い人間だったわけでは無いのだと思う。篤姫の予言通り、文明開花の日本では、新しい世界を前に立ちすくむ、男性が大勢いた。いち早く欧米化に順応していく女たちへの焦りを隠せず、ふさぎこんだり、攻撃的に振る舞うものも多かった。そんな中、機嫌をとってもらわなくても、生活を整えて楽しく過ごせると言う乕児の特質は、非凡なものに移ったようだ。だからといって、異性にモテるわけでもないのが、難しいところである。 p.26 「こんな素敵なリボン、私なんか買っていただくわけには…」「あら、良い事は何でもシェアしなければなりません」「シェア?」下に載せたら、シュワ、シュワ話になって、溶けそうなその言葉を、百合を味わった。分け合う、という意味を持つ単語だと思い出したのしばらくしてからである。「そうです。光は使用しなければ。光を独り占めしていては、社会は暗いままですわ」 入学式の夜って日本橋で見たアーク灯の光をよりはゆりはふいに思い出した。光はあたりに溢れ、一応昼間のように照らしていた。見ず知らずの自分のことを考えてくれる。誰かがどこかにいる、そんな確信だけで、安心できた。そうだ、道先生は、あのアーク灯そっくりだ。惜しみなくて、華やかで、何より一緒にいると明るい気持ちになれる。 p.27 「でも、まっすぐな神じゃないって知られてしまったら、だれも嫁さんにもらってくれなくなるんじゃないですか?」「私は結婚も恋愛もするつもりはないけれど」未来先生はさらりと口にした。そんな生き方や考え方がやっていいのか、と百合は目を丸くした。「男の人の顔色を伺って、家の自尊心をなくして、ビクビク古物よくありませんよ。神様の下では、女も男も皆平等なのだから。堂々としていらっしゃい」「え、女性と男性が平等!?」勉強ができ様が、性格がよかろうが、女はどこにうとなるから、おしまいだと教え込まれて生きてきたのだ。 「そうよ、キリスト教の考えでは、基本的にみんなが平等です。性別も、国籍も地位も年齢も関係ないわ。あなたも私も、神様の前では、対等な姉妹なのよ。そもそも神様は、女性でも男性でもありません」「だからね、先生と言うより、お姉さんと思ってくれて構わないんですよ。ほら、ごらんなさい。あなた、とても美しいじゃない?」 p.29 神道では死は穢れとされているので、体を失って霊になっても、神様に戻るまでには、修行をつまないといけないらしい。別に、神様にならなくてもいいのになぁ、と道は思う。もともと穢れがない、天皇のような方だけが生きながらにして、神様なのだそうだ。 p.30 「道、周りからどう見られているかと言うことをおきにかけて、目に入るすべてに感謝をなさい。神様は万物に宿っているのだからね。お前は贅沢が過ぎるよ。それにちょっと食べ過ぎじゃないか」 はーい、と返事しながら、お父さんは細かいことを気にしすぎではないかと思った。道は楽しく?こと、きれいなもの、そしておいしいものが大好きだ。大柄な体格も、性格も、おじいちゃんの本似ていると思う。でも、そういうワクワクするような心持ちは、神様が望まれることでは無いのだろうな、と一応はわかっている。女子は穢れていて、男子に劣ると言う神道の教えが、何かにつけて、道の心に歯止めをかけるせいか、自然と怠け者になった。どうせ何をやっても1番になれないのなら、おじいちゃん家でぬくぬく甘えて過ごす方が良い。 p.37 「初めて、自分らしく、生きられるって言う気がしたんだ。キリスト教がすごく僕に合ってるよ。まず、自分も周りも許すことから始まるんだ。穢れを清める、のではなく、まず己の汚さや弱さを認めるところから始まるんだよ」 p.49 キリスト教では、人間は全員を送ってだめなものとされていて、上も下もない。救いを受けるべきところから始まって、それ以上は責められないのが、道にはありがたかった。死んでも治個人のままでいられるし、修行せずとも天国に行けると言う教えにはほっとする。そうでなくても、聖書では死者が簡単に息を吹きかえし、十字架に貼られたはずが3日後には生き返っている。私がまるで通過点のような無頓着な扱われ方をするのだ。空からマナと言う甘いパンが降ってきたり、おいしそうなものが次々出てくるのも道の好みだった。 p.51 こんなふうに、欧米では、何でもない日にも普段着で集まってパーティーを開くのが当たり前らしい。良い子にしていた先にハレの日があるのではなく、毎日ハレにしても良いのだ。英語はきっと身につかないし、船旅は大嫌いだけれど、道は自分が生まれつきアメリカ人だったらいいのになぁと夢見るようになった。私、どんな時も楽しくパーティーして暮らしたいなぁ。そうつぶやいたらスミス先生は、いつか海外で音楽的なお呼ばれをしたときのために、正式なパーティーマナーを教えましょう、と約束してくれた。次の日食堂に行くと、ナイフやフォークなど、見たことがない外国の食器がずらりと並んでいた。藤尾先生がこう言った。西洋料理は、楽しくおしゃべりするのが礼儀なんですよ。あ、でも、虫の話は避けましょうね。おハナをかんでもいけません。ツルツルした銀食器落とさないようにして肉を一口大に切るのに四苦八苦しながら、それでも一生懸命、話題を途切れさせまいとした道たちを、スミス先生は大変よくできました、これで皆さんも立派なれていいね、と褒めてくれた。欧米にはたくさんの祝日があって、その都度祝方が違うんですよ。でも、1番大きなものはキリストの誕生日のクリスマスです。 p.56 「道さん、学ぶとはどういうことだと思いますか」「えー、努力とか、我慢みたいなことでしょうか?」「恐れが減る、と言うことです。学べば学ぶほど、なんだかよくわからないもやもやとした不安は消えていきます。新たな疑問の扉はどんどん増えていくでしょうが、勉強とはそもそも楽しいことなのですよ。話は変わりますが、美樹さんはどんなことをしている時が楽しいですか」地味な作業が苦手で、華やかな場が好きだと明かすのには抵抗があった。キリスト教だって、犠牲や献身が尊ばれるのだから。でも、道は正直に答えることにした。「え、おいしいものをみんなで食べている時。金曜と日曜の夜のパーティーや、あとクリスマスが大好きです。編み物や雑誌を切り抜くだとかも。1人で勉強しているのは、あまり好きではないです。なんだか、私、とっても飽きっぽくて」「そうですか。チアフル、明るいのはとても良いことですよ。あなたは、頭で考えるより、人に会って、どんどん実践して身に付く方なのでしょう」「私、自分は人見知りだと思っています。」「そんな事は無いですよ。でも、日本より欧米での生活が向いていそうだ」 p.58 「あなたは、あなたの好きなことで、みんなと楽しさを分け合えばいいのですよ。勉強でも、人間関係でも、まずは、自分が好きな事に引き寄せてみてください。それも、立派なキリスト教精神です。飽きっぽいのは、成長欲求が強い、ということでもあるから、長所ですよ。明るくおおらかに、つまり、オープンに生きる事は、社会にとって大切なことです。…」 p.81 「そりゃ、稲造と一緒にいるのが楽しいからよ。あの人、他の人全然違っていたの。下手でも英語どんどん話したし、わからないことを女の私にも質問してきた。笑われることもちっとも怖がっていなくて、チャレンジングだった。道も、そういう人を見つけたら、絶対に離しちゃだめよ。お金だとか見てくれを気にするのは愚かだわ。名門のお嬢さんでいるより、あの人と一緒に日本に来て、女子教育に関わるほうがずっとやりがいがあると思った。私、女性の地位を向上させるための研究や活動していたの。その中で、日本の女性は、当たり前の権利を持っていないと学んで、ずっと気になっていたわ。彼と一緒にしてくれなきゃ駆け落ちします、と父や兄に反発して、クリスマスの夜にやっと許しをもらったのよ」 p.85「どうしてこんなに街が明るいと思いますか?」「あ、ガス灯がある。それもこんなにたくさん!」「ね、道さん、堤灯(ちょうちん)と街灯、どっちが安全だと思いますか?」「そうですね、断然街灯ですね」「どうしてそう思いますか?」「提灯は、夜道でうっかり転んだときに、火が燃え広がるし、誰かに奪われる可能性もあるし、紙が破けたりもします。それに片手しか使えないのは、足場の悪いところでは命取りです」ローズさんを迎えに行ったの暗い雪道は、父と参拝した伊勢神宮が蘇った。新渡戸先生はにっこりした。「その通りです。では、提灯がそんなに間なのに、私たち日本人が手放せないのはどうしてでしょう?…それは個人が合わなければならない荷物もとても大きな社会だからです。日本人は全てにおいて、何か問題が起きたら、まず1人でなんとかしなくてはいけない。例えば、家族に問題が起きたときは、家族だけで解決しないといけない。そんなふうに思い込まされていませんか?」1族の恥だから。幼い子によく聞いた父の口癖を思い出し、道は、あ、と声を漏らした。「だから、みんな暗い夜になると、自分の手元だけ明るくしなければ、今後必死に提灯を握りしめるしかないんです。でも、自分と家族だけを照らしているようではまだ充分とは言えない。あんな風に大きな光を街の目立つところにともして、みんなで明るさを分け合わないといけない。日本人は共同で何かを行うと言うことを覚えるべきです。つまり、シェア、ということです」「シェア…」もちろん、知っている言葉だったが、こうした溢れんばかりの明かりを眺めていると、舌の上から光が広がり、唇からこぼれていくような気がした。新渡戸先生はじっと夜景を見下ろしている。「提灯のように個人が光を独占するのではなく、大きな街灯をともして社会全体を照らすこと。僕は道さんにそんな指導者になってもらいたいと思って、どうしても欧米の夜景を見て欲しかったのです。日本ではまだ教育や情報は1部の知識層が独占している。でも、それではダメだ。お互いが助け合い、持っているものを分け合わないといけない。学ぶ機会のない人にまで行き渡らせないと意味がない。アメリカでは、ごく普通の人たちでさえ、損得抜きでお互いを助け合います。日本でも今、学校がどんどんできていますが、学生は成績を争うばかりだ。このシェアの精神が行き渡らない限り、夜はずっと暗いままです」青白い光を浴びて道行く人人は、皆、堂々と、目的地に向かって自信を持って歩いているように見えた。その人口の無数のきらめきは、夜空に瞬く、星よりも、未知の心を貫き、深いところにまで光を届けた。 どうしてクリスマスがあんなに好きなのか、道はその時初めて理解した。お盆やお正月とは大きく違う。そうだ、クリスマスは全ての人に開かれたお祝いなのだ。家族だけではなく、地域や貧しい人、まだ会ったこともない誰かの方を向いている。クリスマスツリーの輝きは、道行く人も照らし出すから、あんなにもまぶしい。そこに、根付く、精神が、未知の心を満たしたのだった。戸部先生は急に話を変えた。 「私の授業には、批判があるんですよ」「え、なんで?とっても面白くてわかりやすいのに!」「えー、まさにそこが批判されています。誰にでもわかるような教え方や、明朗な話し方なんて、深みがない、と嫌がる人もいます。チアフル、つまり、明るいということを日本人は見くびる傾向にありませんか?暗いこと、苦しい、悲しいこと、いわば暗闇を1段高く見る傾向が蔓延している。それで、辛い目に遭っている人たちが尊重され、救済される社会ならば、僕は構わないんですが、かえって暴力や貧困、無知から来る争いが、変えようがない仕方がないことだとして、放置され、我慢が当たり前になっているように思います」ほの暗い神社の帰り道、バラバラになった河井家、寄宿舎の暗黙の決まり事、男たちの無言のニヤニヤ笑い、有島さんが道の前向きさを責めること、梅さんと捨松さんを引き裂いたしきたり。そういえば、これまでの人生で胸に引っかかってきた問題は、すべて納得いかないもやもやとした理由で曖昧にぼやかされていた。あれらを全部で道が大きな光を持ち込んで、くっきり照らしてしまったらどうだったのだろう。全部取るに足らない。どうでもいいことばかりで、誰かの人生を阻む理由にはならない、とみんな気づいたのではないか。道は、物事を優しく、とっつきやすくすることに関しては、昔から長けているのだ。 「道さん、これだけ明るいのですから、どうですか?メアリーも呼んで、みんなで夜の散歩に出かけませんか」道はうなずき、孝夫ちゃんは躍り上がった。荷解きをして、寝巻きに着替えたら、今日と言う日はもうおしまいとばかり思っていた。新渡戸先生がステッキを一振りして、孝夫ちゃんの手を引くと、先に部屋を出ていた。急に道の中でむくむくと、人生に対する信頼感が膨らんできた。夜がこんなに明るいければ、緊張で眠れないことも、異国で一人ぼっちになることも、時々風に襲ってくる焦りも、怖くは無い。普段ならそろそろ寝ようかと言う時間なのに、カナダ最初の夜、道はどこまででも歩いていけるような気持ちで、ドアを大きく開けたのだった。 p.93 お嫁さんが決定した彼女には悪いが、道はここでの生活がにわかに楽しみになってきた。人種は違うけれど、みんな自立を目指しているのだ。道のランタンは、今のところあかあかとともっている。この明かりをどうしても消したくなくて、道はつま先立ちでランタンを抱くようにして、回廊をゆっくり歩いていく。 p.94 紋付き袴がよほど珍しいのか、みんな振り返ってみていた。例の淡黄色のドレスを着たいところだったが、式典は和服で臨みなさい、それが祖国を背負って立つ人間の礼儀です。スティヴンス先生からきつく言い渡されていたのだった。 p.107 「親の言うままの、はいはい言うだけの女がつまらないですって?つまらないのは、その方が悪いんじゃありません。日本の女子教育が女に意見を言わせないようになっているからいけないのよ。あなた、自分が男って言うだけで、どれほど恵まれているかわからないから、そんな傲慢なことが言えるんだわ」すると、野口さんはたちまち、顔を曇らせて、火傷を見つめた。「僕が恵まれてるだって?君みたいなお嬢さんにはわからないよ。僕は貧しくて、手 手はただれている。この手のために、毎日のように人から見下されているんだよ。日本でもアメリカでもね」 p.109 「彼女たちが社会人でも子供でもないヤングウーマンとしての時間を満喫しているからでしょう。日本は結婚で少女を強制的に大人にさせますが、ここにいる彼女たちには長い青春時代が与えられています」それを聞いて、野口さんに好意を打ち上げられた時、不吉に感じた理由がはっきりわかった。異性と親しくなるのが怖いのではない。交際の始まりが自由を終わらせる、日本社会の仕組みが嫌なのだ。せっかくアメリカで学んだのだから、道は今もこの先も、誰にも捕まりたくなかった。もし、彼に恋をすることがあるとしたら、道がこの社会を変えた時だ。 p.115 「これでダメでも、また伺いますわ。プライマーで学んだのです。無謀でも、みっともなくても、口に出すことって、とっても大事です。日本人は遠慮して言葉にすることを控えすぎですわ。下手でも失敗してもやってみることです。笑われたら、むしろ、儲け物。少なくとも、浅子さんは私の事、これでも忘れないでしょう?」 p.125 結局、梅子さんが気にしているのは、世間の目と言うより、男の目ではないかと言う気がしてくる。 p.135 「正直、好きでは無いけど、これから私が努力すれば、好きになれると思う。とっても良い方なの。子供たちもかわいいわ。何しろあの通りのお金持ちよ。私たちの学校のためにきっと援助してくださるはずだわ」「結婚しなきゃ人間になれないなら、じゃあ私はなんなの?幽霊か何かなの?」そうだった。あの海を渡った日から、梅はずっとあの世にいる人間だった。父も母も姉も、梅を恐ろしそうに見ている。捨松は急に目を細めた。「ねぇ、梅も、誰かいい人を見つければ?私、紹介しようか。誰か素敵な人。ザトリオの中で、1人だけ独身なんて、なんだか寂しいじゃない?」その時、捨松の瞳にあの黒い海の水面が漂っていることに気づいて、梅はぞっとした。どうして彼女と姉妹だなんて思い込んだのだろう。この人はもうとっくに、人間扱いされることを諦めていたのだ。仲間が踏みにじられるのその目で見た。11歳のあの夜から。捨松が白い手をこちらにかけた。それはひんやりと柔らかく、冷たい海に引きずり込まれるような気がして、梅はピシャリとはねつけた。彼女がたじろいだのかわかった。「金輪際そんなこと言わないで。たった1人になっても私は絶対に学校を作る。誰かの支えなんていらない。あなたみたいにはならない。結婚もしない。私は私だけの力で、人間になってみせる」姉妹が傷ついた顔をしていることを、梅は見ないようにしてそう言い放った。 p.138 「私は誰かに光を与えようとしたり、光が当たるのを待つのじゃなくて、自分が太陽になりたいわ。そうよ、女は一人一人、本来、もっと強くていいし、自ら世に訴えていいのよ」平塚明が1度も振り返らず、学校出ていくのをゆりたちも、後者から無言で見送った。正式に学校から石を抜くのはもう少し先になるのだが、この日をきっかけに、彼女は女子英学塾にほとんど姿を見せなくなった。 p.140 ーーどんなに今が楽しくても、女同士の関係は永遠じゃないわ。結婚や恋愛で終わってしまうのよ。いつか別れしなければいけなくなるとき、あなたは絶対に傷つきますよ。自分がどんなに欲張りだったか気がついて、恥ずかしくなる日が必ず来ます。 玄関先に道先生が現れたとき、ゆりの目にはふわっと熱いものがこみ上げて。自分は確かに欲張りなのかもしれない。道先生のような職業婦人に憧れる。アメリカにも興味がある。いつかは結婚もしてみたい。自分の家庭を持つ事は、小さい頃から当たり前に思い描いていた将来だった。何より、子供を育ててみたい。でも、今は道先生のそばにいたかった。全部本当の気持ちで、どれ1つとして諦めたくなかった。 p.145 「光をシェアすると言う考え方も、人を下に見ていて、紳士閥的だわ。河合先生は光の中にいるから、暗いところまで見えないのよ。もちろんゆりさんもです」 p.147 「でも、私、菊栄さんの言うことがわかる気がするのです。1時のクリスマス慰問では、何も解決しないと言うこと。光をシェアする事は大事です。でも、世界にはどんな光だって届かない場所が、あるのだと思います」 p.153 「人によって戦い方は違いますわ。捨松さんも梅子さんも同様に戦士です。捨松さんは、優しさでみんなを包む、そういう戦い方なのですね」 p.171 道先生が声をかけると、ここでのお食事が貧しいことを彼女たちは口口に訴えた。道先生は、日本で流行っている女優髷(まげ)やまっ白なおしろいは、アメリカにはそぐわないこと、靴とハンカチを清潔にすること、厠や風呂場の使い方について熱心に教えた。たった1時間強の会話だったけれど、建物を去るときに、振り向くと、彼女たちが降る無数の白いハンカチが窓にはためいていたそうだ。 p.177 「女同士が手を取り合えば、男は戦争できなくなるのにね」 p.192 「そうか。ニューヨークの夜景はアーク灯のおかげで宝石箱のようにまぶしいけど、大阪の夜は光がぼんやりと滲んでいて、とても美しいと聞いているんだけどね。日本のほの暗い闇や陰影は淡く、優しくはかない良さがあるから好きだなぁ」「今日はどうもありがとうございます。日本の夜景を褒めていただいて嬉しいけど、私はやっぱり、日本もニューヨークと同じ宝石箱のようなまぶしい夜景になればいいと思う。夜が明るければ明るいほど、女性は自由になれるわ。芸者置き場や遊郭がほの暗くて美しいのは、それは暴力や犯罪を隠すためなのですよ」 p.283 「いいですか、皆さん。赤ちゃんの声掛けしてない、させてはいけない場所と言うのは、立派に見えても不自然で排他的ですよ。イエス様も馬小屋でたくさんの人に誕生を祝福されました。赤ちゃんはお母さん1人ではなく、社会みんなで助け合って育てるものです。皆さんも義子ちゃんのお姉さんになってあげてくださいね」 p.285 「皆さん、1番に身に付けていただきたいのは、ありがとう、ごめんなさい、イエス、ノーを相手の目を見てはっきり言えるようになることですよ。我々日本人は、言葉に出して感謝すること、間違ったときに、自分の非を素直に認めて、学ぶ心が足りません。そして、女性は、相手が誰であれ、こちらの家に沿わない時は、ノーと言う勇気が大切です」 p.289 ゆりは、不思議な気持ちで道を見つめた。なんだかこの空間が、プライマー大学の道が使っていた部屋のようで、今にもルームメイトの婆さんが裁ちばさみと裁縫箱を手にドアから入ってくるのではないか、と思えるほどだ。道といると、年齢なの性別だの距離だのが、何の意味も特にない気がしてくる。老若男女を問わず、誰もが道にこぞって手を差し伸べる。彼女の願いを叶えてやりたいと躍起になる。自分こそがその代表だと言うのに、未知の人となりにぼーっと見せられていて、今までじっくり考えてみたことがなかった。その謎が今、別れかけるように思えたのだが、階下からフェラーズの声が聞こえてきて、ゆりはすぐにそのことを忘れてしまった。 p.291 偶然でもないし、神の力でもないのではないか。すべては、未知の一つ一つの行動がまねき寄せた必然なのだ。バーサが道に何かしてやりたいと言う姿勢を見せたとき、道は決してそれを遠慮したり、迷惑がる素振りをしなかった。実際、サマードレスは涼しくなった今も、完成していないのである。「小さき弟子の群」だったひさちゃんにしても自分にしてもそうだ。ゆりが最初に女子英学塾を飛び出して道の家に押しかけた時も、彼女は帰りなさいと口にしながらも、朝食を作りたいと言うこちらの申し出を断らなかった。道は、基本的に、自分に何かしてあげたいと言う人々を拒絶しない。細やかな親切でも、自分でやったほうがずっと早いことでも、ややおせっかいが過ぎる申し出も、全部受けてしまう。そして、小さな事でも心から喜んでみせる。だから、誰もが、次はもっとできる、もっと未来に役立つことをしてあげたいと望むようになり、どんどん寄付の額や新車での規模が大きくなっていく。恐ろしいのは、道がそれに無自覚なことだった。… 善意をなんでも引き受ける道の姿勢、持ち物を全て分け与える指針は、望むと望まざるとにかかわらず、今に世界を大きく変えてしまうのではないか。そう思ったら、こわくなってしまったのだ。 p.308 「リメンバーアザーズ。他人のことを考えましょう。自分の考えを過信しないように、他人の立場や意見も考慮して、1番公平で1番正しい道を探ること。これが民主主義の基本ですね」 p.315 「どちらのおもてなしも正解なんですよ。日本の夏はムシムシと暑いので、汗を流すことを勧めるのは親切です。アメリカの国土が広いですからね、旅行者は長旅で疲れているものと考えて、まだその場に馴染んで楽にしてもらうことが優先されるのです。文化が違うだけで、それぞれの思いやりにあふれています。その違いを楽しむこと、そして、相手の良いところを味わおうとする理解の心があれば、国籍や環境の差は必ず乗り越えられます」 p.339 「日本は、個人に多くの負担を背負わせる一方で、一人一人は自分の足元を照らすことしかできない提灯型の社会です。欧米は大きな光が社会を守る街灯型です。あなたたち、お辛いのではないですか。提灯型の社会の犠牲にはなっておられませんか。自分や家族を守ることで毎日が精一杯のではないですか。男性1人の方に全ての責任がのしかかる、この社会制度そのものが間違っているんです」「お金に不満などあるわけがない。お国に不満を持つなんて、皇国の人民とは呼べないから…」「皇国の人民とは愛国者に他なりませんね。真の愛国者とは憂国者だと私は教わりました。国を愛するのならば、まずは国策に厳しい目を向けねばなりません。愛国者は決して政治を甘やかしてはならないのです。政策に全く疑問がないなんて、私の見方からすれば、むしろ、非国民です」 p.352 彼女たちの独特な態度は、「討論」の授業で見つけたものだろう、特に顔気がついた。それぞれが思っている事なら、何でも発表して良い「感話」と言うものもある。ここの子たちは、自分と反対の意見と言うものに慣れているのだ。邦子が、天皇陛下は絶対だと信じて、犠牲者を減らすためにも、この戦争にはなんとしても勝ちたい、だから、敵国の文化を受け入れない、と言う姿勢を変えるつもりはない。でも、そういった発言をしても、糾弾されたり、仲間外れにされたことなどなかった。邦子はそういう感じなのか、とみんなが認識するだけだった。相手を頭ごなしに否定しない代わりに、疑問を持っていいし、主張しても良い。考えてみれば、邦子自身、そうした校風のおかげで、恵泉に通うことへの罪悪感が減っているのも事実だ。教師の中にも、弔問袋や研究活動され「反平和教育的だ」と批判する人もいると聞いてびっくりしたが、邦子はどこか安心してもいた。全員が道先生の絶対的な信仰者でなくてもいいのだ。 p.363 「私はそう思わないわ。どんな人間でも、幸せに満ち足りて暮らすべきです。特にあなた方みたいな若い人たちは。そうでなければ、苦しんでいる人に視野ができないでしょう。明るく生きると言うことを低く、見るべきではありません」「あなたはきっと優しい子なのね。それに責任感も強い。今、戦地で誰かが苦しんでいたり、どこかで誰かが殺されているのは、胸が痛むことですが、あなたのせいでは無いのよ。日本人だからといって、国民が全員同時に同じことを感じる必要は無いんです。それではすべての光が消えてしまうでしょう?」 p.375 美智子が留学先で経験し、消すに持ち込んだ「ピーナッツウィーク」と言う催しは、12月を大いに盛り上がった。生徒に1人1つピーナッツが配られ、殻の中から旧友たちの名前を書いた紙が出てくる。その相手に気づかれないように、こっそり優しくしたり、小さな贈り物を届けたりしながら、2週間を過ごし、最終日に誰が誰の「ピーさん」だったのか、明かされると言うゲームだった。生徒たちは、それぞれまだ見ぬ、誰かに支えられていることを意識し、同時に、誰か思いやりながら、ホリデーシーズンウキウキした気持ちで終えたのである。さらに美智子はアケビのつるを器用にしならせてアメリカ仕込みのリースを作って見せた。みんな、クリスマスツリーを見た事はあっても、リースは初めてで、「両手に収まる小さなクリスマスね。なんてかわいいの!」と熱狂した。これがクリスマスリースが日本に広まっていくきっかけとなった。 p.420 「そうですよ。次の世代は、前の世代より常に優れているに決まっているのですから。私よりあなたのの考えがずっと正しいように」 p.429 全員、道と同じように、アメリカの圧倒的な豊かさを前にして、敗北感を覚えると言うより、これから始まる生活へのときめきを隠せないようだった。 p.485 学園を去ることを決めた白蓮は最後の日に、自身の歌を書いた色紙を生徒一人ひとりに贈ったのだった。 「夢をうつつ 現を夢と見る人よ 思い出の日よ うつくしくあれ」 その夢という字はひときわ大きく書いてあった。それは生徒たちの胸にじんわりと染みていったに違いない。 p.493 ゆりはやっと気がついた。道は死ぬのが怖いのだ。衰弱しても、讃美歌も祈りも欠かさない、これほど信仰の篤い彼女が死を目前にしておびえていることが、ゆりには衝撃だった。思えば、彼女と暗闇は出会った時からずっと隣り合わせだった。暗闇に負けまいと必死にもがいているのが、道という人間の正体だったのではないか。 乕児がその様子を見てポツリと言った「もう、僕らの知る道先生じゃないのかもしれない」ふと、窓の外に目をやった。その時、ゆりは突然30年以上前のことを思い出していた。女子英学塾で話題になった徳富蘆花と道の応酬だ。 ーー女がやりたいことをやって、男の庇護も得ずに幸せで長生きするなんて、3文小説もいいところだ。と、彼は息巻いていたと言う。道をその時「私は、女の人がやりたいことをやって、恋愛や結婚をしなくても、友達に恵まれて、夢をかなえて、うんと長生きするような幸福な話が読みたい」と言い切った。その噂を女子英学塾で聞いたとき。道先生ではってなんておかしいこと言うんだろうとよりも吹き出したことだ。そういえば、「もう、婦人なんぞにーー生まれはしませんよ」と「不如帰」のヒロイン、浪子は叫んで息絶えた。少女だったゆりは、深くものを考えることもなく、その小説が素晴らしいと、涙さえ流していた。だってあの頃は「青鞜」も「赤毛のアン」も存在しなかったのだから。明治時代は、道の言うような物語の生き方も、ありえないものだった。でも、今、周りを見渡してみれば、なんて多くの女性が、自分の意思をはっきり口にし、日々を前向きに生きていることだろう。それは、津田梅子先生が先を切り拓き、道が後から石や木を退け、作ってきたものだった。いや、梅子さんの生まれる、もっともっと前から、それは始まっていた流れなのかもしれない。誰が上も下もない。どんな女性、1人欠けても、今と言う時代はありえない。道の数々の言動は、周囲を呆れさせたが、今にして思えば、非常に納得がいく、時代を先取りしたものだった。だとしたら、今、ゆりは泣いている場合では無いのではないか。みんなに不謹慎だ、非常勤だと言われても、終わっていく道の人生をこのままにしておくわけにはいかない。「道先生の入院生活は、私が絶対楽しいものにします。最後まで奇跡を信じましょう…この病室でクリスマスパーティーを開きましょうよ。…道先生は暗闇が大の苦手です。できるだけこの教室を明るく、楽しくして差し上げましょうね。そうだ。学園に連絡して、ありったけのポインセチアを病室に運んでください。キャンドルも必要です。小さなツリー、そしてリースもたくさん。山口先生にご相談なさってください。聖歌隊も最小人数よこすように」最初に出会った日、道はゆりは街灯のように照らしてくれた。今度は自分が光をともす番だ。 「神から生まれた人は皆、世に勝つからです。。世に勝つ勝利、それは私たちの信仰です。本当に先生の一生は勝利の一生ね」
大好きな柚木麻子さんの長編小説でずっと読みたかった一冊。個人的には物語が好きだから史実に基づいたお話より全くの物語の方が好き。だけどやっぱり柚木さんの描く女性主人公の機転の効いたパワフルさが大好き。
恵泉女学園の創始者の河合道を描く大河小説。 恵泉OGの著者が描くことに意味があり、彼女の作品の根底にあるシスターフッド(シェアの精神)の根源にも触れた感じがする。 一色ゆりとの友情を縦糸にして、先人、後人の女性権利に対する開拓者たちの活躍が織り込まれた良作です。 今は、ジェンダーレスだけでなくセク...続きを読むシャルマイノリティの権利も尊重される時代になので、昔のジェンダー差別のひどさは驚きだと思います。 自分はちょうどジェンダー差別の変革期を子供のころから体験してきていて、市川房枝の国会討論もよくTVで見ていたし、就職時には雇用機会均等法成立直前でジェンダー差別がなくなっていくさまを感じていました。 ちなみに、時代の役割が終わったのか恵泉女学園の大学は2023年募集停止で閉校するとのことで残念だが、中高は一貫校として続いていくようだ。
構想5年。柚木さんの母校・恵泉学園の創立者である河井道さんについての史実に基づいたフィクション。 生涯をかけて何かに打ち込む人の物語は重厚で、まるで大河ドラマでも見ているみたい。 496頁もの長い読書をようやく終えて、胸がいっぱいになった。 河井道さんが女性の権利や教育、自由についてどれほど尽力...続きを読むしてきたかを初めて知りました。 明治~昭和初期、第二次世界対戦・関東大地震など激動の時代を駆け抜け、女性のために奮闘してきたその姿に尊敬の念を覚える。 どんな時も凛として信念を貫き続ける精神力、行動力もすごいし、その軽やかさや気遣いにもただただ恐れ入る。 シスターフッドであるゆりや、志を同じくどんな状況にあっても活動し続けてきた先人たちがいて、今の私たちがいる。 歴史上の人物の名前が至るところにたくさん! 現代へと繋がる教育機関の変遷、歴史的出来事などについても知れた。 前情報なしに読んで、全く予想もしていなかった壮大なストーリー。 フィクションを読んでいるのに伝記でも読んでいるかのような気分でした。
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