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Posted by ブクログ
過去の人に会うことは、過去の自分に会うことなのかもしれない。
島本さんは、単純に「忘れられない女性」というより、初が選ばなかったもう一つの人生や、過去への憧れそのものに見えた。
島本さんと一緒に現実を捨てることもできたはずだけど、結局は現実を捨てきれない。妻や子供、仕事、自分が現在まで積み重ねてきた人生を完全には手放せない。
要するに、現実が捨てきれない。
だから島本さんは消えた。
イズミの存在も、過去に自分が誰かを傷つけたこと、その記憶や罪悪感が現在の自分の中に残り続けることを象徴しているように感じた。
結局、人は「もし別の人生を選んでいたら」という可能性を完全に消すことはできない。でも、その可能性のために今の人生を捨てることもできない。
失ったものや選ばなかった人生を抱えながら、それでも今の人生を生きていくしかない。
Posted by ブクログ
恋人だった訳でもないのに、昔心通わせた島本さんのことが忘れられない。彼女で無くてはと申し分の無い幸せを手に入れた後に気が付き、どちらを取るかの葛藤が面白かった。
知らなくてはならなかったものごとがまるでサンプル・ケースみたいに全部ぎっしりと詰め込まれていた。
これはとても大事なことだから、よく聞いて。さっきも言ったように、私には中間というものが存在しないのよ。私の中には中間的なものは存在しないし、中間的なものが存在しないところには、中間もまた存在しないの。だからあなたには私を全部取るか、それとも私を取らないか、そのどちらかしかないの。それが基本的な原則なの。
僕はその暗闇の中で、海に降る雨のことを思った。広大な海に、誰に知られることもなく密やかに降る雨のことを思った。雨は音もなく海面を叩き、それは魚たちにさえ知られることはなかった。
Posted by ブクログ
この作品は、一般的に言われるような単純な「恋愛小説」ではないと思った。
人を好きになるとか、過去の恋人を忘れられないとか、そういう言葉だけでは説明できない、“人生の欠落”や“魂の飢え”のようなものを描いた作品だと感じた。
主人公のハジメは、家庭も仕事もあり、世間的には幸福な人生を送っている。
しかしその内側には、どうしても埋めることのできない空白が存在していた。
その感覚は、自分自身の体験と強く重なった。
一度変わってしまった心は元には戻れない。
この小説は、自分にとって単なるフィクションではなかった。
ハジメが家庭へ戻った“もう一つの人生”を見ているような感覚があった。
もし自分が別の選択をしていたら、あの物語のような人生を歩んでいたのかもしれない。
そう考えると、とても胸が痛んだ。
この作品の大きな特徴は、「何が正しかったのか」が最後まで分からないことだと思う。
イズミも島本さんも、その後どうなったのか明確には描かれない。
島本さんに何があったのかも分からない。
しかし、その曖昧さこそが、人間の人生や記憶の不確かさを表しているように感じた。
特に島本さんは、単なる“昔の恋人”ではなく、ハジメが失ってしまった何か――若さ、純粋さ、可能性、あるいはもう戻れない人生そのもの――の象徴だったのではないかと思う。
読後には答えも救いも残らない。
ただ、「人は本当に愛していても、戻れなくなることがある」という現実だけが静かに残る。
その感覚が、自分にはとても苦しかった。
Posted by ブクログ
一人っ子のミステリアスな女性、島本さんと12歳の頃からその子に恋心を抱く、既婚者である主人公の物語。
久々に素晴らしい小説を読んだ。『国境の南』というのは、自分が信じた偶像の先に存在する理想郷のようなものを示していると同時に、実際にはそこが空虚でありそこを追い求めて破滅すると言うことを示唆している題名のようにも思える。
「でも僕は島本さんのそうした外見の奥に潜んでいる温かく、傷つきやすい何かを感じとることができた」
これはまさしく国境の南、を示していると思う。
『太陽の西』の説明におけるヒステリア・シベリアナは今までの自分のある部分を殺して彷徨い続けるシベリアの農民を指すが、この物語では初恋の相手を思い続ける自分を殺して妻との生活に向き合う「新しい自分」を迎える覚悟を持った物語終盤の主人公と重なる。
こうした2つの言葉が並列に語られる本作の題名は、互いが同じ事を示しているようで、物語における主人公の心の移り変わりを示しているようにも思えて秀逸。
繊細な感情表現も素敵で非常に素晴らしかった。
Posted by ブクログ
水曜の朝、午前三時とかが好きならす刺さる一冊。大恋愛好きなら最後は尻すぼみかもしれない。
今の生活には満足していても満ち足りない気もするという感覚は正直すごい分かる。でもその感覚を埋めるものを他人に求めてはいけないというのが1つハジメくんが出した結論なのかなと解釈した。
でもハジメくんの気持ちもやっぱりすごく分かる。家庭を持つとどうしてもパートナーとの会話に正直刺激的なものはなくなる。概念的な答えがないようなことをしゃべるなんてことはない。それよりも明日どこ行く、何食べる、家のあれ修理しなあかんなとか現実的なことで埋め尽くされていく。そういう中で刺激的な会話ができる異性の存在ってすごく大きくて、だからこそ魅力的に思えるし、人によっては過去の関係もある人であればたらればを考えることもきっとある。それはでも結局実際にはパートナーになってない関係だから成り立つんだよねというところではある。その上でなお失うものへの葛藤、あの頃の自分なら迷わず動いてたのにそれが今はままならない感覚も勝手ながら共感した。
Posted by ブクログ
世間一般で言うところの「不倫もの」なのだけど、当作をそれだけで括ってしまうのはあまりにも短絡的すぎる。人間は決して完全ではないし、抑え切れない思いを抱いてしまうことは誰にでも起こり得るはずだ。(自分は村上春樹自身もそうであると信じている。それでなければこれだけの描写はできないと思う)
少年と少女が大人になり再会した、幼かった当時では明確に表現できなかった気持ちをはっきりと認識した、そして苦しい思いを抱きながら全てを捨てる決意までしかけた、というストーリーを村上春樹は繊細なタッチで綴っている。リストのピアノ協奏曲とか、スター・クロスト・ラヴァーズとか、登場する楽曲からも想像力を掻き立てられる。当作は決して下世話ではない、人間の性を描き切った秀作だと思う。
Posted by ブクログ
主人公は側から見れば順風満帆な生活を送っている。しかしその生活は自分の努力によるものではないと考えており、生活に満足していない。
そんな時に小学生時代に心を通わせた女性と再会して、恋に落ちる。何の不満もない妻と娘2人がいて4LDKに住んでいる生活を捨ててもいいと思うほど、恋に落ちる。
妻と島本さん(恋に落ちた女性)の性格、外見が入れ替わっても、主人公は恋に落ちていたと思う。主人公は状況に惹かれているのだ。順風満帆で不満はないのに、なぜか物足りないと感じる。そんなときに自分の思い通りにならない(急に長期間会えなくなる)女性が現れる。その人のことしか考えられなくなる。
私にはまだ経験はないが、今後私や身の回りでこういうことが起きても不思議ではないと思った。時が経ち、仕事や生活に慣れて、特に努力せずとも側から見たら充実した生活が送れるようになった時、私は何を求めるのだろう。またパートナーが同じような状況になった時、主人公の妻のように許せるのだろうか。
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終盤に何ページにも及ぶ性描写があり、
官能小説を読んでるのかと思った。
そこまで長い性描写は好まない。
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小説・文芸
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