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第32回松本清張賞受賞作 異形の歴史小説 玉照院の師弟は“やんごとなき秘密”を抱えていた―― 天明飢饉の傷痕いまだ癒えぬ比叡山延暦寺に、失敗すれば死といわれる〈千日回峰行〉を成し遂げようとする二人の仏僧がいた。 歴史に名を残すための闘いは、やがて業火となり叡山を飲み込んでいく。
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Posted by ブクログ
巧みな筆致でまさかこれがほぼフィクションだなんて思えなかった。座主の「うん。あのね」が怖すぎた。オビワンとアナキンがモデルの比叡山延暦寺修行バトルで、概念から存在しないものの惨めさを克明に描いてて展開おもろすぎた。後半とか声出たわ。
住田祐さんの『白鷺立つ』を読んだ。これが処女作で会社員をしながら書き上げられたという。また素晴らしい才能に出会えたことに感謝。千日回峰行に興味を持ち、それが今でも行われているのみならず、1987年には酒井雄哉さんが60歳でご自身二度目の達成をしていると知って驚愕。事実は小説より奇なり…
比叡山延暦寺での千日回峰行を題材にしたお話 事情により終生を比叡山で過ごさなければならない二人の僧の憎悪と愛情 自己表現がこんなにも許される今の世の中は 自分が自分であると主張してはいけない個々の苦しみの積み重ねから生まれたことを忘れてはいけない
叡山。 千日回峰行。 7年に及ぶ過酷な荒行を生き残り、完遂した僧侶は北嶺大先達大行満大阿闍梨と称され崇められる。 成し遂げられなかった者には死しかない。 最も過酷な堂入りと呼ばれる行は、生前葬の後9日間、断食・断水・不眠・不臥で真言を唱え続ける。 比叡山延暦寺。名前は教科書で習いました。 天台宗、...続きを読むなんですね。 あまりにも知らない世界だったので理解できるかな? という気持ちで読み始めましたが杞憂でした。 むしろ満たされる知識欲。 物語としての面白さ。 気づけば完全に世界観に引き込まれ、自分が行を終えたかのような読後感がありました。 思ったよりも人間臭いです。共感できるという良い意味で。 人が集まれば寺であっても俗世の企業と変わらないんですね。 色んな人の思惑、欲、不正。相性もある。 主人公の慈照は師を敬愛する清らかで真面目な僧侶だけれども、 不遜かつ恐ろしく優秀すぎる弟子に翻弄され、苦悩する。 二人には共通する境遇があり、それゆえに承認欲求という欲は強い。 そんな二人が互いに向き合う様は切れ味鋭い戦いのようで、 嫌悪感や憎しみを隠そうともしない。 けれども違いこそが唯一の理解者でもある。 唯一無二の、特別な関係なんです。 最後は哀しくもあり、いじらしくもあり、清々しくもある、 不思議な読後感のある物語でした。
読み応えのある内容でした。戒閻の想いの刹那さには、涙してしまった。一日のばした訳をいろいろと考えてしまった。大行満大阿闍梨に、二人でなってほしかった。最後に、恃照がなしとげられたのも戒閻あってのこと。大行満大阿闍梨に、なったことを知らせてあげたい。何というのか、聞いてみたいとおもう。
松本清張賞ということで読んでみた。ラストがとてもよかった。人間の心とは不思議なもの。あれほどの憎しみが信頼とか感謝に変わるきっかけって結局何だったのだろう、と考えさせられる。いや、今だって憎いは憎いのか?どうなんだ? 仏教のことも修行のこともよく知らないが、御仏に仕える崇高な僧もわりと普通の人間の心...続きを読むをもっているのがちょっと嬉しくも感じた。 フレーズ: 白鷺(はくろ)とは叡山における回峰行者を指して用いられる比喩である。白き麻の浄衣をその身に纏い、山道を跳ぶように歩く姿から来ているという。
僧という世界を垣間見た 千日回峰は名前だけしか知らなかったが、非常に面白く、終わり方も良かった これがデビー作なのはすごい
濃い とにかく濃いと感じた。 主題となる北嶺千日回峰行は 比叡山延暦寺の超人的な荒行。 自身延暦寺に行ったことがある、 千日回峰行も聞いたことがある。 しかしそれらを知らずとも 本作300頁からくる、心地よい 重厚感を感じることができると思う。 会社員でデビュー作という 作家の次回作をぜひ読んで...続きを読むみたい。
恃照と戒閻の激しいぶつかりあいが凄まじかった 僧は仏に仕える善行の人達と思っていたが、周りの目を見たり、気持ちを押し測ったりとやり取りが人間味溢れていてやはり叡山と言えど組織の人たちなのだなと思った。 戒閻は特に我が強い人であった 恃照と戒閻は同じものを持っていながら相反する者として激しくぶつかりあ...続きを読むっていた 作中盤はほんとに荒波の真っ只中にいるようだった しかし最盤、一気に凪となった 憲雄と戒閻の墓に佇む恃照が悲しげにしかし前を向いている姿を感じとれた
白鷺(はくろ)とは 白い浄衣を纏い 山道を跳ぶように歩く 叡山における回峰行者を指して用いられる比喩である─。 寛政8(1796)年 比叡山 延暦寺。 成し遂げることができなければ “死” とされた〈北嶺千日回峰行〉に挑む32歳の恃照。 彼は ある特殊な生立ちを抱えていた。 そしてその後 恃照は...続きを読む自らと同じ境遇をもつ17歳の太之助を弟子として預かることになる──。 「この世には おらぬはずの者」 恃照と戒閻(太之助)。真逆のようでいて、抱えている屈託は同じもの。 戒閻を目の当たりにすることで 恃照は自らの心の奥底を覗かざるをえなくなる。 俗世から隔離された場所ではあるけれど そこにいるのは人間。忿怒、嫉妬、嫌悪、自尊、そして欲…… ないわけがない。 なまぐさ坊主たちは論外としても。 教えの全てを理解したうえでの〈北嶺千日回峰行〉だと思ので 私には到底 理解できないが、少なくても 後世に名を残す為とか語り継がれる為に行われるものではないだろうと思う。 にもかかわらず手段としてそれを選んだ 恃照も戒閻も 哀しい。 何を目的で挑もうと 結局、成し遂げることができるのは その器にある者だけなのかもしれないなと 読み終えて思った。 ラストの穏やかな恃照は それまで彼が抱えてきたものを思うと とても感慨深い。ここに至るまでの全てのことが この恃照を作っているんだなとしみじみ思う。 今までに読んだことのない題材が 新鮮でとても良かった。
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