田中圭一×『ナナとカオル』甘詰留太先生インタビュー
手塚治虫タッチのパロディー漫画『神罰』がヒット。著名作家の絵柄を真似た下ネタギャグを得意とする。また、デビュー当時からサラリーマンを兼業する「二足のわらじ漫画家」としても有名。現在は京都精華大学 マンガ学部 マンガ学科 ギャグマンガコースで特任教授を務めながら、株式会社BookLiveにも勤務。
インタビューインデックス
- 理詰めのストーリー構築は「オネアミスの翼」と押井守から学んだ
- SMを通じて、明日に前向きになれるマンガにしたい
- 「おまえ、ナナのことそんなに好きなんだ」と思わされた一コマ
- 感情と欲望が混ざり合い、曖昧になったところにある「エロさ」
- 障害を乗り越え、恋に向かって一途に走る少年を描きたい
理詰めのストーリー構築は「オネアミスの翼」と押井守から学んだ
――以前、BookLive! の企画がきっかけで『ナナとカオル』を初めて読ませていただいたのですが、単にSMやエロを見せるマンガではなく、主人公とヒロインの関係性を軸にしているのが印象的でした。ややもすると、「SM」というテーマだけで長く描き続けるのは難しいんじゃないかと思われるのですが、作品の本質が2人の関係性を掘り下げていくことで、ずっと読み続けることができる作品になっているので、「甘詰先生はマンガを読ませる力がすごい!」と思ったことを覚えています。
ではまず、漫画家になったきっかけから聞かせてください。
ありがとうございます。
直接的なきっかけは、やはり大学のサークルだと思います。入学して何気なくマンガサークルに入ったのですが、バリバリの“描くサークル”だったんですね。僕は描くために入ったわけではなかったので、先輩方はみんな描いている中、居場所がなかったんですよね。僕自身がちょっと鼻持ちならないやつだったこともあって……(笑)。
でも、流れでマンガを描いてみたら、先輩に褒められて。「これで居場所ができる」と思ったんです。ちゃんと描き始めたのはその時ですね。
――最初からエロ路線だったんですか?
最初は違ったんですが、サークルで描くようになってからしばらくして、エロマンガが大好きな同級生に「エロ同人作りたいから一緒にやらないか」って声をかけられて。僕自身もエロは好きだったので、意気投合して描きはじめたんですけど、あまり大学に通えなくなり、どう頑張っても卒業できなくなって……(笑)。
――よくあるパターンですね(笑)。
そうなんです。ちょうどそんな時、コミケで出版社の方から声をかけられて、仕事としてマンガを描かせてもらったんです。卒業が難しいことについて親にいろいろ言い訳をしないといけないなと思っていた時だったので、「これで食っていこうと思っているんだ!」って親に言えば、何となくうやむやにできるかもしれないと……(笑)。
――不純な動機で(笑)。
それで1年ぐらい描かせてもらい、単行本が出る頃に原稿料の明細を親に見せて、「これが俺の夢だ! 飯食っていくために大学は辞めさせてくれ!」とか言って。何のマンガを描いているかはちょっと言わなかったんですけど(笑)。それから、いろいろな出版社に声をかけていただき、今は主に白泉社にお世話になっているんです。
――大学のサークルで描き始めたということですが、中学・高校時代にも少しは描いていたんですか?
落描きはしていましたね。中学時代、授業中に友達の似顔絵とかで4コママンガを描いていました。それが結構ウケたので、次は長編ものを描いてみようと、ノート5冊分ぐらい描きましたかね。それでも、本格的なペンは握ったことがなかったし、原稿用紙を見たのも東京に来てからですね。
――では本当に、大学に入ってからスタートという感じで、かなり短期間で階段を上がっていったわけですね。ペン使いなどはどうやって覚えたんですか?
先輩がいろいろズルを教えてくれたんですよ。「Gペンで筆圧をうまく調整できなかったら、硬いスクールペンを使えばいい」とか。僕はいまだにスクールペンです。
――え、かなり抑揚があるのに、スクールペンなんですか!?
今は自分でペン入れをしてないんですよ。大学時代の友人が手伝ってくれていて、下描きを渡して、目鼻だけ自分で入れています。
――よく、マンガは「つけペン」じゃなきゃダメ! と、いろんな人が言いますけど、「ボールペンでも鉛筆でもいいよ」って言ってあげれば、多くの才能が挫折せずにすんだのにな~と思うこともあります。
ちなみに、学生時代に特に影響を受けた作品は、どのあたりだったのでしょうか?
高校の頃は、マンガを描くことはあまりしていませんでしたが、エロマンガはすごく好きでしたね。周りに隠れて読んでいたから、バレないようにわざと遠くの本屋まで自転車で行って、置いてあるエロ本を片っ端から立ち読みして帰る、みたいなことをずっと続けていました。
――連載中の『いちきゅーきゅーぺけ』(※1)が、まさにその世界ですよね。
大学1年くらいまでは、単に読者として読んでいたんですけど、あるときを境に、「物語を構造として捉える」見方みたいなことを、ちょっとだけ勉強したんですね。作品をバラバラにして、繋がりや意味を考える、みたいな。
そのきっかけになったのが、アニメ映画の『王立宇宙軍 オネアミスの翼』(※2)でした。サークルで原稿を描いている時にビデオをエンドレスで観ていたら、主人公がお酒を口に含んでペッと吐き出すシーンがあるんですけど、ふと「このシーンに何の意味があるんだろう?」と気になり始めたんです。
前後の繋がりを紙に書き出して、分析してみたりもしました。「直前に周りの風景がいろいろ映るシーンがあるが、これは主人公が現実を見られるようになったことを示しているのではないか」「現実が見えるようになって初めて、お酒の味が苦いと分かったことを伝えたいのではないか」という感じで。
――映像はマンガ以上に時間をかけて作っていることが多いですから、ワンシーン、ワンカットに必ず意味合いを持っていたりしますよね。
そんなプロのロジックを確認できたのが、『Methods―押井守「パトレイバー2」演出ノート』(※3)という、「機動警察パトレイバー2 the Movie」のレイアウト集ですね。それぞれのカットにこめられた意味合いが細かく書きこまれているのを見て、大きな影響を受けました。自分の作品でも、コマの一つひとつになるべく意味合いをこめて、絵を決めるようにしています。
――「オネアミスの翼」も「機動警察パトレイバー2 the Movie」も、どちらもロジックの塊みたいな作品ですよね。『ナナとカオル』を読んでいて、随所にロジックを感じていたんですが、甘詰さんのロジカルな部分はこういうところから来ていたんだなぁ。
SMを通じて、明日に前向きになれるマンガにしたい
――続いて、現在好評連載中の『ナナとカオル』について聞かせてください。企画そのものの立ち上げは、どういったいきさつだったのでしょうか?
『年上ノ彼女』(※4)の連載が終わって、すぐに新しい連載を準備しなければいけなかった時、いくつかストックしていたうちの一つがSMものでした。
たまたま観ていたSMもののAVで、縛っている側と縛られている側が、世間話をしながら笑っているシーンがあったんです。それがすごくリアルに感じて。その前からエロ小説なども、SMものとかも含めてよく読んでいたんですけど、その中で、ネットでもそういう作品がアップされているのを発見して、特に更科先生(※5)という方が書かれたSM小説が、まさに僕が見たAVの空気感を表現している小説だったんです。そういう切り口、日常の延長線上にある非日常としてSMを描いたら面白いかもって思ったんですよね。さらに、主人公が高校生ならキャッチーだろうと。
僕自身は、SMは全然やらないし分からないんですが、分からないからこそ「なんで縛られると気持ちいいのか」「どうしてひどいことを言われると気持ちよくなっちゃうのか」を、自分で理解できるように理詰めで考えてみようと思いました。だから、特に『ナナとカオル』初期のSMについての描写は、完全に自分の中にある知識を再構成したロジックの賜物だったんです。
のちに、プロの緊縛師さんとお話する機会があって、『ナナとカオル』で表現しているSMのロジックが正解なのか聞いてみたところ、「あながち間違ってもない」と言っていただけました。しめた! というか、ラッキー! って思いましたね(笑)。
――ちばてつやさんがボクシングを知らずに始めた『あしたのジョー』に近いものがありますね。だからこそ、SMがよく分からない人も入っていけるマンガになっているんですね。妄想から実践に入っていくという入門的な展開は、知識のない読者とシンクロする上でも、間口をうまく広げていて良い設定だなと思いました。
SMマンガの多くは、派手なSMシーンに多くを割かれると思うんですけど、『ナナとカオル』は、SMの前に必ずカオルの準備シーンが入ります。これが、SMものとしては新しかったんじゃないかと思います。
描き始める時に編集さんと決めたのは、「SMという“息抜き”を通して、明日に前向きになれるマンガにしたい」ということでした。SMものや、インモラルなエロコメって、話を追うごとに登場人物たちが“堕ちていく”感じがあるじゃないですか。でも、『ナナとカオル』は、怖くておどろおどろしいSMではなく、日常の延長線上にある非日常の形で提示したかったんです。息抜きをして、また明日も頑張ろうと思えるように。
――ただきつく縛ったり、相手を痛めつけたりすることで、主従関係を強調するSMではなくて、SMというツールを使っているけど、「彼氏と彼女」という普通の恋愛よりも、もう一段深いところ……例えるなら「教祖と信者」や「先生と生徒」のような信頼関係がちゃんと構築されているかどうかを、何度も確認していく過程が、『ナナとカオル』を読んでいてすごく気持ち良くて、一番の魅力なのかなと感じました。
ピュアな恋愛マンガを読んでいるような感覚を覚えながらも、やっていることはSMで、いろいろなミッションを課せられるじゃないですか。紐で縛ったままコートを着て、外に出るとか。当然、読んでいる側はめちゃくちゃドキドキするわけですよね。このドキドキも、マンガが冗長にならないために必要なファクターなんですよね。
ありがとうございます。なんか、うまくいきましたね(笑)。
――ドキドキさせて、安堵するところでまた絆が深まる、その緊張と緩和の組み立て方っていうのは、先ほどの「オネアミスの翼」の話からすごく繋がる「作品を面白く見せるための理論」ですね。本当に、甘詰先生はロジックの人なんだなぁと、感じます。
「女の子は優等生で男の子は劣等生」という設定が、SMというスイッチが押されることで逆転するのも、かなりロジカルに考えられていたんですか?
そうですね。そのギャップを利用しています。
――『ドラえもん』ののび太や『涼宮ハルヒの憂鬱』のキョン(※6)のように、主人公が劣等生だったり、パッとしなかったり、という作品が多くある中で、カオルも周囲から「キモい」と言われています。確かに「キモい記号」を持っている造形だけど、ずっと見ていると、なんだかラブリーな顔に見えてくる。不思議な魅力を持った主人公だと思うんですが、これは意図してのことですか?
そう……ですかね?(笑) 最初、担当編集の方に見せた時には、「もっと主人公っぽく描けよ」と言われました。
でも描きやすくていいですね、カオルは。10秒くらいで描けるので。美男子だと、そういうわけにもいかないですから。
――あと、僕が気になるのは、ナナの身体の描き方の……何だろう……モデルのようにスタイル抜群ではなくて、足も少々太めだったり、ちょっとだらしない体型で描かれているような気がするんですが、いかがですか?
それはですね、たぶん僕が好きなんだと思います(笑)。あんまり理想の体型すぎると、食指が動かない、というか。
――あぁ、なるほど。ナナの表情とか体型とか、描き方一つひとつに「そうそう、ドMの人ってこうだよな」という、すごく腑に落ちるポイントがあるんですよね。
『ナナとカオル』は、現在15巻まで出てますけど、まだまだ続きそうですか?
いや、もうそろそろ話を畳まなきゃ、とは思っているんですけどね。なかなか先は長いですね……。『ナナとカオル Black Label』(※7)で、高3の夏休みまで描いちゃっているので、当然、本編では、夏が終わった後の秋を描かないと終わらないんですよね。今、本編は高3の春なので、どうしようかなと。でも、大きな括りでのラストエピソードには入っています。
――ちょっと先の、ひと夏の思い出のような話が『Black Label』で先行して描かれているという構造も面白いですよね。
あんまり深く考えずに、「未来の自分がつじつまを合わせるんじゃねーの」と思いながらやってしまいました。先を描いちゃったことによって、本編で「ここどうしようかな」って考えたときに、『Black Label』でこういったシーンがあったから、そこに向けて描いちゃえ、みたいなことはあります(笑)。
ひと夏の思い出っぽくするために、更科先生という官能小説家のベテランと、アダルトグッズの店長さんの関係性を、ナナとカオルの未来の姿として提示しておいて、更にそこから過去の彼ら(本編のナナとカオル)に対してアドバイスを送るような形式にしました。
――すでに答えがあって、本編でこれから伏線をつけていくのも面白いかもしれないですね。『ナナとカオル』が『Black Label』とどのようにリンクしていくのか、すごく楽しみです!
あんまりハードル上げないでもらってもいいですか(笑)。
「おまえ、ナナのことそんなに好きなんだ」と思わされた一コマ
――さて、もっとも思い入れのある「一コマ」には、『ナナとカオル』の第1巻から、第7話でナナを縛るための麻縄を自作しているカオルのシーンを挙げていただきました。