田中圭一×『パタリロ!』魔夜峰央先生インタビュー

『パタリロ!』魔夜峰央先生インタビュー

「漫画家が命を込めた一コマ」にフォーカスした独占インタビュー企画!第9回は『パタリロ!』『ラシャーヌ!』などのヒット作を持つ魔夜峰央先生だ!高校時代にハマった『パタリロ!』の作者と初めてのご対面。今回はファンの間で語り継がれる“あの一コマ”に迫る!
[インタビュー公開日:2015/04/17]

今回のゲスト魔夜峰央先生

今回のゲスト 魔夜峰央先生

新潟県出身。1973年『デラックスマーガレット』にて「見知らぬ訪問者」でデビュー。1978年に始まった連載『パタリロ!』は現在も連載中であり、少女マンガ史に残る最長編マンガの一つとなっている。

現在、『別冊花とゆめ』『MELODY』にて『パタリロ!』を月刊・隔月刊連載(白泉社)、『まんがライフ』にて『眠らないイヴ』を毎年1回・1月号のみ掲載(竹書房)。

今回の「一コマ」作品『パタリロ!』

パタリロ! 1巻

1978年から『花とゆめ』(白泉社)で連載を開始し、現在も『別冊花とゆめ』『MELODY』にて連載中のギャグマンガ。1982年にアニメ化、1983年にアニメ映画化された。架空の島国・マリネラ王国を舞台に、10歳の国王・パタリロが、側近のタマネギ部隊や、イギリス諜報機関MI6のバンコラン、その愛人のマライヒ等を巻きこんで起こす騒動を描いている。

今回の「一コマ」のエピソードは、白泉社文庫版・第8巻所収の「FLY ME TO THE MOON」。ロビーという青年に、万能の治癒能力があることが判明する。それを聞いた難病人が治癒能力を求めてやって来るが……。ファンの間で名作と語り継がれているエピソード。

インタビュアー:田中圭一(たなかけいいち) 1962年5月4日生まれ。大阪府出身。血液型A型。
手塚治虫タッチのパロディー漫画『神罰』がヒット。著名作家の絵柄をまねたシモネタギャグを得意とする。また、デビュー当時からサラリーマンを兼業する「二足のわらじマンガ家」としても有名。現在は株式会社BookLiveに勤務。

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インタビューインデックス

  • 怪奇からギャグへ、スランプを経て誕生した『パタリロ!』
  • 魔夜先生を媒介にして、パタリロが躍動する!
  • 読者を“泣かせたくて”描いた、渾身の1話

怪奇からギャグへ、スランプを経て誕生した『パタリロ!』

――『パタリロ!』に出会ったのは、僕が高校2年生の時でした。当時、少女マンガはあまり読んでいなかったんですけど、友達に強く勧められて読んでみたら、ハマりにハマりまして……(笑)。単行本が出るのをいつも楽しみにしていました。パタリロがボケたかと思うと、次のコマで斧が頭に刺さってたり、首吊りさせられてたり、あの独特のテンポと間合いが、当時すごく新鮮なギャグマンガのスタイルに思えたんです。
魔夜先生が「漫画家になったきっかけの作品」として挙げてくださったのは、ご自身の読切作品「やさしい悪魔」(※1)ですが、どちらかと言うと、ホラーですよね。そこからギャグへ転向したきっかけもすごく気になるんですが、まずは魔夜先生が漫画家として歩き始めたきっかけを教えてください。

集英社の『デラックスマーガレット』でデビューして、2本くらい描かせてもらいました。若かったこともあり、「一度デビューしたら仕事は山ほど降ってくるものだろう」と思い込んでいたんです(笑)。でも全然そんなことはなくて、自分からアプローチしなきゃいけないということを知らなかったんですよね。 それもあって、2年くらいほとんど仕事がないという状態で、どんどんスランプに陥っていったんです。そのうち、これじゃどうしようもないなってことで、思い切って描いたのが「やさしい悪魔」でした。白泉社に送ったら採用されて、雑誌に載せてもらえて。そこから始まったんですよね。

※1 「やさしい悪魔」
1976年に『増刊花とゆめ』に掲載された、魔夜先生の読切作品(花とゆめコミックス『パタリロ!』第1巻所収。電子化されている白泉社文庫版『パタリロ!』には未収録)。雨の夜、2人の兄妹が雨宿りのために廃墟に立ち寄る。中には尼が何人もいてもてなしてくれるが、村で噂になっている「魂を食べる悪魔」の話をする。妹は尼たちに異常なほど怯え、兄と共に廃墟を去ろうとするが、尼たちの正体は盗賊集団で、兄妹から金品を奪おうとする。だが、怯えていた妹が、実は悪魔だった。魂を食べることを自制していた妹だったが、兄から許しを得て……。

――なるほど。「やさしい悪魔」が漫画家を生業としていくことを決定づけたという、ある意味“真のデビュー作”とも言えるかもしれませんね。僕はこの当時の少女マンガの流行を知らなかったんですけど、こういう耽美な絵でホラーというのは、それまでなかったんじゃないですか? 魔夜先生が始められたようなイメージがあるんですけど。

当時、僕は「怖くない怪奇もの」で有名でしたけどね(笑)。“怖い”というと、美内すずえさん(※2)とか、山岸凉子さん(※3)とか、あの人たちが本気で怖いものを描くと本当に怖いんですよ。そういうのは僕には全然描けないので、こんなスタイルになったんだと思います。

※2 美内すずえ
『ガラスの仮面』などで知られる漫画家。高校時代に『別冊マーガレット』(集英社)にて、「山の月と子だぬきと」でデビュー。1982年には『妖鬼妃伝』(講談社)で、第6回講談社漫画賞を受賞。魔夜先生がアシスタントを務めていたことがある。
※3 山岸凉子
『アラベスク』『舞姫 テレプシコーラ』などで知られる漫画家。1980年に『LaLa』(白泉社)で連載開始した代表作『日出処の天子』は、主人公の聖徳太子が超能力者、及び霊能力者であるという設定が、当時センセーションを巻き起こした。

――その後に、ギャグマンガで『パタリロ!』の連載を始めるにあたって、「ギャグでいこう」という切り替えがあったんですか?

ホラーや怪奇ものを中心に描いていたんですが、あるとき白泉社の『LaLa』編集部から、「40ページで何か描いて」と言われまして。それで、シリアスな雰囲気の、組織に復讐していく少年とかを描いていたんですよ。
ただ、どうしてもストーリーが思いつかなくて、どうしようかなと思っていたら、近所の本屋さんでたまたま、「すごく真面目な絵で、なおかつコメディー」というマンガを見たんですね。「これなら描けるかな」と思い、最初に描いたのが『ラシャーヌ!』(※4)です。編集部からはあまり評価されなかったんですけど、いろんな漫画家さんが「面白かった」って言ってくれました。
それで『ラシャーヌ!』を描き続けていたんですが、そのうちに「『花とゆめ』で1本描いて」と言われまして。そこにパタリロを初登場させました。「美少年殺し」(※5)という作品で、バンコラン(※6)が主人公で、パタリロは脇役だったんですよ。
それからしばらくして、「前・後編で60枚描いて」と言われた時に、「じゃあこの間の『美少年殺し』の感じで、今度はパタリロを主人公にして描いてみたい」ということで描いたんですね。それが「墓に咲くバラ」(※7)という作品で、これが、パタリロが主人公になった最初の作品になります。

――魔夜先生自身は、「パタリロを主人公にした方が向いている」という感触があったから、バンコランじゃなくてパタリロを主人公にしたんですか?

その頃のことはあまり覚えてないんですけど、たぶん何となく、「パタリロは動かしやすいな」という気はしていたんでしょうね。「墓に咲くバラ」前・後編68枚、1ヶ月で1人で描き上げたんです。アシスタントなしで。

――えーーっ! この密度の作品をですか? 1ヶ月で!?

ベタを2度塗り、3度塗りしてましたから。まあ、時間がかかること!!(笑)
1日3時間くらいしか眠れなかったですね。で、1ヶ月経って、やっと描き上げた頃には、夜空を見上げると星が点じゃなくて、線に見えるんですよ。それだけ目が疲れてたんですよね。さすがに描き上げた時は、死ぬほど疲弊してましたね(笑)。

※4『ラシャーヌ!』
1978年から1989年まで、白泉社の様々なマンガ雑誌で掲載された、魔夜峰央の初ギャグマンガ。美少年・ラシャーヌが抜群の行動力と卓越した推理力で数々の怪事件を解決していくが、惚れっぽく、最後には決まって意中の相手にフラれるというコメディー。
※5「美少年殺し」
『パタリロ!』の初回(第1話)のタイトル(白泉社文庫版『パタリロ!』第1巻所収)。パタリロのボディガードを務めることになったバンコランだが、始終パタリロのペースに振り回されてしまう。
※6 バンコラン
『パタリロ!』に登場する準主人公。イギリス情報局秘密情報部(MI6)所属の凄腕エージェント(少佐)。「美少年殺し(キラー)」とはバンコランの異名であり、美少年を虜にするプレイボーイである。
※7 「墓に咲くバラ」
『パタリロ!』の第2話のタイトル(白泉社文庫版『パタリロ!』第1巻所収)。次期国王になったパタリロは、イトコと出会ってから不審な出来事が続く。黒幕に「国際ダイヤモンド輸出機構」がいると見たパタリロとバンコランだが、不可解なトラブルに巻き込まれていく。

魔夜先生を媒介にして、パタリロが躍動する!

――『パタリロ!』の世界というか、「魔夜先生の世界」は、すごく独特ですよね。少し浮世絵の雰囲気もありますし。どこからこの絵柄や世界観を構築していったんですか?

もともと外国の点描画の世界が好きで、テクニックを真似たりしたこともありました。そういう経験も影響しているのかもしれませんね。

――今でいうと、パソコンで均質にスッと計算で引いたような線が、全て手描きで描かれてるじゃないですか。これほどまでに、ブレや揺れがないというのは、何かこだわりがあって、ものすごい訓練をされたりしてたんですか?

いや、特別に訓練したということはないですね。ただ、ペンタッチにはこだわっていたんですよ。例えば、頬を描くときに、普通の人は、ふくらんでいる所を細く描くんです。それが当たり前だったんですが、逆に僕は最初を太くして、細くしてから、また太くするっていう逆のペンタッチにしました。
その後、意識していくうちに段々と均一な線になっていったんですけどね。今、つけペンで描いてる人は少ないんじゃないですか?

――僕は現在、大学でマンガを教えてるんですけど、学生で「全部デジタルで描く」という人は多いですね。パソコンで線の質感や幅も全部調整できちゃいますから。Gペンっぽく描くのも、数値設定でできちゃいますし。
この流麗かつ均質な線を、当時のアナログでこのクオリティで描けるっていうのは、すごいとしか言いようがありません。

その時は、今みたいなデジタル技術もなかったからなあ。

――当時、魔夜先生が特に影響を受けたというか、好きだった漫画家さんというと、どんな人がいましたか?

特に「この人」というのはいないんですけど、いろいろな人から借りてきてるんですよ。
例えば横顔の描き方なんて、池田理代子さん(※8)ですし、吹き出しは萩尾望都さん(※9)、草の描き方は水木しげるさん(※10)、服のしわの描き方はさいとう・たかをさん(※11)……(笑)。

――すごいですね!!(笑)でも確かに、魔夜先生の絵を見た時に、誰かひとりの影響を強く受けたというよりは、最初から、ご自身のマンガで表現したい世界観をしっかりとお持ちだったような印象があります。

自分では分からないですけどね。結果的にそうなっているのかもしれません。

※8 池田理代子
代表作に『ベルサイユのばら』『オルフェウスの窓』などを持つ漫画家。2009年にフランス政府から、多くの日本人が『ベルサイユのばら』によってフランスに関心を持ったとして、レジオン・ドヌール勲章シュバリエ章を授与された。
※9 萩尾望都
代表作に『ポーの一族』、『トーマの心臓』などを持つ漫画家。1969年にデビューし、2012年に少女漫画家では初となる紫綬褒章を受章した。作品のジャンルはSF・ファンタジー・ミステリー・ラブコメディーなど多岐に渡り、「少女漫画の神様」と評されている。
※10 水木しげる
代表作に『ゲゲゲの鬼太郎』『悪魔くん』『河童の三平』などを持つ漫画家。妖怪マンガの第一人者と言われており、『ゲゲゲの鬼太郎』は現在までに5回アニメ化されている。1991年に紫綬褒章、2003年には旭日小綬章を受章。
※11 さいとう・たかを
代表作に『ゴルゴ13』『仕掛人・藤枝梅安』『サバイバル』などを持つ漫画家。劇画界の第一人者として活躍している。2003年に紫綬褒章、2010年には旭日小綬章を受章。

――あと、魔夜先生のマンガで特徴的だと感じるのが、中間色を使わないで、ベタとホワイトで、メリハリを“ピシッ”とつけるじゃないですか。そこにすごく清潔感があって、やはり女性に受ける絵だなという気がしますね。

僕、ホワイトは使っていないんですよ。

――えっ、ホワイトを使ってないんですかっ!? それじゃあ、このバンコランの後ろの白い線は?

これは抜いてます。

――「抜く」というのは、黒い線を2本描いて、その周囲を黒く塗って線の間を白く残す……ということですよね? これ、どうやって描いてるのかなって気になってたんですよ。ホワイトって、細い筆(面相筆)を使って白い絵の具を引いていくわけだから、こんな製図みたいな均質な線って普通は描けないだろうと思ってたんですけど。

ホワイトだと、どうしてもペンタッチが出ちゃうんですよ。白い線を残して描いた方が、よっぽど綺麗に見える。

――なるほど、そういうことだったんですね。
ちなみに、「パタリロを読んでBL(ボーイズラブ)に目覚めた」という読者が結構いるらしいんですよ。BL好きな女性からすると、魔夜先生の描写がツボを押さえているというか、BLで言う「受け攻め」の力関係や、異端なものへの憧憬、耽美な世界観が、腐女子の心を掴んでいるということらしく……。魔夜先生がどうやって、あの世界を生み出したのか、すごく知りたいのですが。

実は、女性を描くのが苦手なんですよ。うまく描けたことがないんです。たぶん男性の漫画家はみんなそうだと思うんですけど、女性を描くと大体ワンパターンな描写になってしまうんですよ。
ものすごく描きづらくて、悩んでたんですが、だったら「男の体を持った女の子」というコンセプトだったら描けるんじゃないかと思い立ち、マライヒ(※12)が出てきたんです。だから中身は完全に女性ですよ、マライヒは。やっていることも、考えることも。

――あーなるほど、そういったアプローチで描かれていたんですね! 確かに、後にバンコランが恐妻家になっちゃうところとか、マライヒがヒステリックにヤキモチを妬いてバンコランを叱りつけるところとかも、ものすごく“奥さん”然としてますもんね(笑)。

※12 マライヒ
バンコランの同棲相手。元暗殺者の美少年であり、同性愛者。国際ダイヤモンド輸出機構に所属する凄腕の殺し屋であったが、バンコラン少佐との出会いによって機構より離脱。

――先日、娘さんのマリエさんに取材させていただいた時(※13)にも話したんですが、『パタリロ!』という作品は、中心にはそういったBL的要素があって、なおかつ時代劇もミステリーも、ホラーもSFもといった、全部のジャンルが含まれていて、エンタメとして全方位OKみたいなところがありますよね。

描いてないジャンルが存在しないかもしれませんね。パタリロはね、とにかく動かしやすいんですよ。他にもたくさん作品描いてますけど、大体2、3枚描いて、「あぁダメだ」って思うんですよね。なぜかというと、主人公が動いてくれないから。1度描き始めたものはしょうがないですから、主人公を右往左往させて、なんとかストーリーを動かしていくんですけど、パタリロだけは、気づいたらスラスラ描けるんですよ。全く苦労しないんです。
時々、台詞を描きながら、自分の頭で考えてはいるんでしょうけど、「あれ、パタリロってこんなこと言うんだ」って思うこともあるんですよね。

――完全に、キャラクターがひとり歩きしているということですよね。ということは、ご自身の中にパタリロというキャラクターが眠っていて、マンガを描こうとすると、まるで魔夜先生の分身みたいに動きまわるんでしょうか?

そうですね。どこかで生きてるみたいな感覚はありますね。僕という媒体を通じて、パタリロが勝手に出てきてるんですよ。

――なるほど。読者は、パタリロのせいで本筋から話がどんどん脱線していってしまうところや、他アニメキャラへの変装パロや、とにかく「何をしでかすか楽しみでしょうがないワクワク感」を、パタリロ“本人”から感じとって楽しんでいるんですね。

※13 娘さんのマリエさんに取材させていただいた時
著名漫画家の愛した料理についてのエピソードを、漫画家のご子息・ご令嬢に伺う、ぐるなび「みんなのごはん」のWEB連載「田中圭一のペンと箸 −漫画家の好物−」で、魔夜先生の娘・マリエさんと対談した。
⇒ 「田中圭一のペンと箸 −漫画家の好物−」第11話:『パタリロ!』魔夜峰央とブリの握り(外部サイト)

読者を“泣かせたくて”描いた、渾身の1話

――今回、パタリロを読み返してみて思ったんですが、「一コマ」で挙げていただいた「FLY ME TO THE MOON」(白泉社文庫版『パタリロ!』第8巻所収)の少し前あたりから、プラズマX(※14)が出て、アフロ18(※15)などが出てくるあの一連のエピソードでは、パタリロに家族がいないので、そこからロボットの家族が出て、そこにお母さんの死があったり、子どもの反抗期が描かれていたりしますよね。当時、魔夜先生も独身であったと思うのですが、その頃から家族に対する憧れみたいなものがあったのでしょうか?

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